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宗教

2016年11月21日 (月)

竹下節子『キリスト教の真実』

点検読書241

副題は「西洋近代をもたらした宗教思想」
ちくま新書(2012年4月10日)刊


宗教史――キリスト教


世俗化を目指す近代主義によって、キリスト教の歴史は意図的に歪められてきた。古代ギリシア思想の復興は、それを押しとどめてきた中世のカトリックを無知蒙昧と退け、カトリックを主敵とするプロテスタントからも批判を受ける。さらには、カトリック・キリスト教憎しがために、近代ヨーロッパの科学は、古代ギリシア文化のアラビア語訳を通して発展したという「神話」まで制作された。本書は、それらの誤解を解きほぐし、二項対立に陥らない歴史としてのキリスト教を描く。


七部構成

1:ギリシア・ローマ世界から生まれた宗教としてのキリスト教(第1章)

2:暗黒の中世の嘘(第2章)

3:政教分離と市民社会(第3章)

4:自由と民主主義(第4章)

5:資本主義と合理主義(第5章)

6:非キリスト教国の民主主義(第6章)

7:平和主義とキリスト教(第7章)

コメント
 興味深かったのは、俗説としてよく聞かれる「古代ギリシア文化は、キリスト教世界では失われて、イスラム世界でアラビア語訳で受け継がれ、ヨーロッパ人はアラビア語訳を通して、ギリシア文化を再発見した」というのは、たいへん疑わしい、ということをはっきりと指摘しているところです。

 本書によれば、キリスト教の修道院を通して、古代ギリシア文化の知の継承は行われ続けており、「頑迷で蒙昧なキリスト教徒」と「進取で寛容なイスラム世界」というのは神話にすぎない、と指摘されています。カトリック教会の教育研究機関たる「大学」の中での学問の自由がなければ、宗教改革も生まれなかったであろう、というのが本書の主張です。

 また、ではイスラム世界は、一般に言われるように税金さえ納めれば宗教の自由を認められた「寛容」な世界だったかといえば、そんなことはいえない、というのが確かなところらしい。

 例えば、アッバース朝に敗れて755年にイベリア半島に逃れてきた後期ウマイヤ朝のラフマーン三世の時代に古代世界の知の集積が進んだのは確かであるらしいのですが、それまでの君主たちのラテン語撲滅政策によって、キリスト教徒はアラビア風に改名を強制され、行政もアラビア語で統一されたというのです。つまりは、古代ギリシア・ローマ世界の文献が、アラビア語訳されたというのは、それ以外を使用してはならなかった、ということが前提にあったのでした。そうしたわけで、これらが行われる前には当然キリスト教側の不満が高まって暴動が起きますし、それに対する虐殺も行われたわけです。そして、それはイスラム・ユマニスムを体現したラフマーン三世の後継者たちにおいても、キリスト教やユダヤ教の信者に改宗か、追放か、死のみの選択をあたえ、すべてのキリスト教徒の投獄とユダヤ人の殺戮を決定したりもしているのでした。こうした行為は、西洋近代史の中では英雄のように扱われているスレイマン一世なども同様に、1535年にはチュニジアでユダヤ人の虐殺を行っているし、1554年にはアルメニアでイスラムへの改宗を拒んだキリスト教徒を虐殺していたそうです

 著者によれば、「キリスト教徒の愚かさや頑迷や残酷さの例はあちこちで何度も強調されているのに対して、イスラムの「寛容神話」の方は無批判に受け入れられている不均衡があることは明らかだ」(102頁)ということで、あえてイスラム世界の「不寛容さ」を指摘しているのですが、歴史的事象に関する美談は眉につばして聞く事が大事ということでしょう

 あとなかなか面白かったのは、政教分離に関するところで、イギリスにおけるカトリックと国教会の距離は今でも残っている例として、トニー・ブレアの夫人が熱心なカトリックで、ブレアは首相当時は国教である聖公会にとどまっていたが、引退してすぐにカトリックに改宗したということで、公職・顕職にある人間の帰属宗教は今でも政治的にはデリケートな問題であったとか。日本におけるキリスト教徒の割合は1%程度なのに、首相のキリスト教徒の比率は10%を超えると言われていますが、日本はその点、無頓着ですよね。

 それはともかくなかなか独特な語り口と視点の持ち方で、ぱっと見理解できないところはありますが、ざっと読む分には何か学ぶところもあるかと思います。

評価 ☆☆

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2016年5月 9日 (月)

渡辺照宏『仏教 第二版』

点検読書187

岩波新書(1974年)刊。


宗教――仏教


「仏教とは何か」に答えるために書かれた本書は、まず常識的な既成概念の批判からはじめ、仏教を生んだインドの精神的風土を考察し、これを前提に、仏陀の生涯を概観して仏教の基本的問題に及び、仏陀の弟子たち、後継者たちの生活を紹介する。


六部構成

1:中国仏教とインド仏教の相違・既成概念批判(Ⅰ)

2:「仏陀」とは宗教家か、特別な人間か、多数の仏陀の一人か、精神的存在か、様々に顕現する存在か(Ⅱ)

3:仏陀誕生以前のインドの精神的風土(Ⅲ)

4:仏陀の生涯(Ⅳ)

5:弟子たちと聖典・教団の成立(Ⅴ・Ⅵ)

6:仏教の思想と信仰(Ⅶ・Ⅷ)

コメント
 本書は、仏教に関する本です。その仏教とは、あらゆる国で定着している地域宗教としての仏教ではなく、インドに生まれた仏陀の教えとしての仏教です。ですから、まず我々日本人が、当然と思っている仏教的な概念や習慣が実は本来の仏教とは関わりのない解釈された仏教であることを明らかにすることから始まります。
 また、そこが面白いところでもあります。例えば、我々日本人は、死ぬことを「成仏する」と表現することがあります。しかし、「仏」=仏陀とは「目覚めた者、完全な真理を発見した者」であり、歴史上、仏陀となったのはシャーキャムニと呼ばれたゴータマ一人だけです。ですから、「仏に成る」=成仏は非情に困難なものなはずです。それにもかかわらず、日本人は、死ぬと成仏してホトケ様となると考えます。また、読経や念仏で死者が成仏するという考えは仏教にはないようです。オカルトやファンタジーで僧侶が、悪霊に対して読経して戦いますが、あれは中国由来の仏教に関わるものであって、普遍的なものではありません。また、「往生」という言葉があります。これも「成仏」と同じように、死を意味しています。しかし、往生というのは、修行に適した仏国土に「往く」ことを意味していますので、成仏の手段であって、成仏そのものではありません。それにもかかわらず、浄土教系の宗派では、極楽浄土へ往生することが目的となってしまっています。さらに、先に挙げた「念仏」も心の中で仏を念ずることはあっても、口に出して唱名することもないそうです。
 では、どうしてこのような変化が起きてしまったのか。それは、我々日本人の仏教が、あくまで中国由来のものであったからというものです。
 本書が指摘しているように、「一般に外国文化を受容するに際しての中国人の態度を示す一例と見てもよいであろう・つまりインドの仏教をありのままに客観的にしるというのではなくて、中国人にとって必要と思われる要素だけを摂取すればその他は捨てて顧みないのである」(13~14頁)。
 もちろん、こうした傾向は中国人に限らず、日本に入ってきた様々な文物も日本人に適するようにカスタマイズされることは当然です。しかし、インドから中国へやってきた仏教僧への中国人の仏教徒の態度を見るに、その傾向はかなり強いともいえます。
 例えば、パラマールタ(真諦)という僧が中国へインド仏教を伝えにきた際には、智顗の天台が勢力を持ちつつあったので、それが顧みられることはほとんどなかったようですし、そのパラマールタの漢訳仏典を継承しようとした玄奘も力を持つと、インドからやって来たプニョーダヤの存在を快く思わず、なかばだまし討のようなかたちでプニョーダヤが持ち込んだ仏典を奪ってしまいました。
 その上、玄奘が持ち込んだり、奪ったりしたサンスクリット語の仏典が散逸していることを考えると、彼等にとってオリジナルのものというのはあまり意味のあるものではなかったようなのです。
 こうしたいびつな形で仏教が日本に入ってきたために、本来の仏教とは異なる地域宗教としての仏教を仏教と我々は信じてしまっています。そこに揺さぶりをかけるのが本書で、まさに後半はインド仏教とは何か、を紹介してくれる古典中の古典が本書です。
 ですから、日本における仏教とは何かを考えるにあたっては、本書は趣向が違いますし、難解かもしれません。しかし、世界宗教としての本来の仏教のものの考え方を知る入門書としては最適なものではないか。そのように思います。

評価 ☆☆☆☆

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2016年3月20日 (日)

上山安敏『魔女とキリスト教』を読む

点検読書152

講談社学術文庫 1998年刊(原著 人文書院 1993年刊)。
副題は「ヨーロッパ学再考」。


西欧史――西欧思想史。


魔女崇拝は、古代オリエントの豊穣神信仰と使者を弔う亡霊信仰を祖型としていた。キリスト教およびその母胎となったユダヤ教は、いかにこの信仰と向き合ったのか。ユダヤ教から魔女像を引い継いだキリスト教は何故に苛烈な弾圧を魔女に加えたのか。この疑問を実証歴史学だけではなく、民族学・精神分析の成果を取り入れつつ解き明かしていく。


三部構成
1:魔女崇拝の起源とユダヤ・キリスト教徒の衝突。

2:魔女狩りの実態。

3:ヨーロッパ思想の中の魔女。

コメント
 本書を一読しての感想は、「これはヨーロッパで人権や良心の自由が発展するわけだわ」といったところです。
 そもそも魔女というのは、古代オリエントを発祥とする大地母神信仰を起源とし、ギリシアでのアルテミス信仰、ローマでのディアナ信仰などなどに対して、ユダヤ・キリスト教側が規定したものだそうです。こうした原始宗教は、供犠といったかたちで生け贄を要求しますし、性的なシンボルを聖なるものとして崇めたり、参拝の後の精進落としというわけで神殿の近くに売春宿があったり(日本の伊勢神宮にも内宮と外宮の間に遊郭があった)と性的に潔癖な彼らにとって邪教に思えたのでした。
 キリスト教は、ローマ帝国でめでたく国教になったわけですが、上記のアルテミス信仰のような原始宗教はローマの宗教的寛容の下で生き残り、逆にローマの北上とともにヨーロッパ各地に広がります。つまり、ローマを発信源として、キリスト教と大地母神信仰がヨーロッパに広がり、その衝突の一つのかたちが魔女狩りとなったことのようです。
 魔女狩りといえば、有名なのが「水による審問」である。これは、全村民監視の下、容疑者は両手両足を縛られて、三回水の中に放り込まれる。浮かんでくれば有罪、沈めば無罪である。悪魔の魂は軽いと考えられていたので魔女なら浮かぶ。しかし、沈んで無罪となっても溺れ死ぬことには変わりはない、というやつですね。
 これも本来はライン川沿岸に居住していたケルト人の風習で829年に異教として禁止されていたのが、15世紀から17世紀にかけて復活したのだそうです。魔女という異端への弾圧のために異教の方法がキリスト教の名の下に行われたのは、皮肉ですな。
 魔女狩りは、もともとは独身や寡婦など孤立して生きている女性、乳児死亡率の高い時代の産婆など民衆から見て異質な者、また恨みを買いやすい対象(逆恨みだが)が、その被害にあっていました。しかし、後々になると市長や裁判官、聖職者など土地の名望ある人物まで対象となり、さらには家族・知人同士が誣告や拷問による自白で魔女崇拝者とされて処刑されていきました。
 発端は、異質なものへの差別です。著者は、ユダヤ人迫害と魔女狩りが同時代に起き始めたことに注目し、キリスト教の信仰が最高潮に達した時に、こうした現象が起きたことを指摘しています。
 しかし、私は逆なのではないか、と思います。ユダヤ人迫害は、十字軍の失敗によってキリスト教の権威が危うくなった時期に起きました。十字軍自体が、異質なものへの排除の運動だったわけですが、その運動が内側へ向かったのが、ユダヤ人迫害です。それまで国際貿易の従事者として特権を持っていたユダヤ人に矛先が向いたのは、異質なものをつくりだして、もう一度キリスト教の体制をたてなおす必要があったのでしょう。それと同じように、宗教改革によって動揺したキリスト教が、敵を必要とした結果だったのでしょう。これは、カトリック側もプロテスタント側も変わらず、元来はカトリックがリードした魔女狩りも、三十年戦争で荒廃し、疑心暗鬼が生じた後には、プロテスタント側も同様に敵が必要となったということです。
 このように、他者からの誣告、自白の強要、内心の審査によって、殺し合いが起きれば、まず内心の自由=良心の自由、つまり表に出さなければ何を考えていても構わないという自由は人権として確保されなければなりません。また、刑事裁判において確実な証拠を原告(国家、検察)が提示できなければ無罪という推定無罪の原則が発達せざるを得ないでしょう。
 『ローマの歴史』を読んでも思ったのですが、西洋史というのは、とにかく人が人を平気で殺す歴史です。日本の歴史においても大量殺戮は、なかったわけではないが、これは比ではあるまい。彼らが、権利や法の支配を発達させ、また人権意識に敏感なのは、そうした歴史、人間への怖れが底にあるからなんでしょうな。

評価 ☆☆☆


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2016年3月14日 (月)

小室直樹『世紀末・戦争の構造』(徳間文庫、1997年)

点検読書148

副題は「国際法知らずの日本人へ」。


評論


国民一人ひとりが、国際政治、国際法、国際関係を理解するためには、近代的戦争、国際政治、国際法を生んだキリスト教の根源に遡らなければならない。また、近代ヨーロッパは、イスラム世界との対決を媒介にして生まれたので、イスラム抜きに近代を体得することはできない。こうした宗教社会学的理解を踏まえた上で、戦争の意味の変遷と国際政治、国際法の展開を概説する。


六部構成
1:近代の基礎をつくったキリスト教の歴史。

2:イスラム教の歴史(なぜ近代を生み出せなかったか)。

3:国際法の確立(ヨーロッパにおける絶対主義の確立)。

4:湾岸戦争で戦争の概念が変わった。

5:国際法を理解できない日本人。

6:アメリカン・デモクラシーでは湾岸戦争を正当化できない。

コメント
 湾岸戦争で国際政治のルールが変わった。
 これが本書の主張である。それはどういった意味か。
 かつての国際政治とは、列強政治であった。ナポレオン戦争後のウィーン会議は、ナポレオンを打倒したイギリス、オーストリア、ロシア、プロイセンと敵国であったフランス、これら五大国にのみ発言権があった。ナポレオン戦争において重要な役割を果たしたスペイン、ポーランド、イタリア諸国は何ら口出しできなかったのである。ヨーロッパの秩序を決定したウィーン体制自体は、フランス二月革命(1848年)において終焉を迎え、ナショナリズムの時代が来たものの、列強政治は終わらなかった。そのナショナリズムの実現=独立国家の確立も列強の協力や承認なしには不可能であった。その例として、フランスの協力を得て、オーストリア軍を撃退して独立を果たしたイタリアがある。また、プロイセンの帝国化も巧みな外交によって、列強の干渉を受けずに、戦争を遂行できたことにあった。
 こうした列強政治は、日本とアメリカの登場によって、ヨーロッパだけではなく、全世界大に広がったものの、基本は変わらなかった。こうした列強政治をやめるための国際連盟が設立されても変わらない。
 象徴的なのは、日本が起こした満洲事変への対応である。国際連盟に加盟する小国がいくら制裁を求めても、列強が日本と事を構える気がなかったので、何もできなかった。日本はむしろ国際連盟を脱退して列強との二国間交渉によって事態を解消しようとしたほどであった。また、第二次大戦の前哨戦たるミュンヘン会談もイギリス、ドイツ、フランス、イタリアの大国だけでチェコスロバキアの領土問題を決定した。1939年の独ソ不可侵条約におけるポーランドとバルト三国の運命も独ソという大国間の交渉によって決められた。
 第二次大戦後もこれと変わらない。むしろ新しく設立された国際連合は、常任理事国という大国の拒否権を認めている分、小国の発言権が強かった国際連盟よりも列強政治の制度化を意味していた。そして、冷戦が起きれば、多くのことは米ソの会談で決めることができた。
 それを変えてしまったのが湾岸戦争である。サダム・フセイン率いるイラクによるクェート進攻に対して、国連安保理で米ソが協力してイラクの即時撤退要求と武力行使容認決議を可決した。つまり、米ソのみならず国連加盟国の総意としてイラクに対する非難と制裁を決めたのである。しかし、イラクはクェートから撤退せず、湾岸戦争へと至った。これにより、列強の決定が国際政治を決めるという慣例は終わった。フセインの行動によって、国際政治は完全に転換したのである。しかも、湾岸戦争は、これまでのアメリカの戦争の正当化の論理=自由と民主主義を守る、という原則からも外れ、クェートの専制と差別を回復するための戦争としてアメリカンデモクラシーの正統性を傷つけてしまった。

 小室直樹というとソ連の崩壊を予言した人物として有名であるが、本書における湾岸戦争によって国際政治の原則は変わったという予言も全く的を射ていたものであったろう。その後の国際政治は、アメリカの正統性の低下とあいまって、まさに国際政治秩序の流動化であった。そして、現在においても北朝鮮への国連安保理での制裁決議が全会一致で決められても、金正恩国防委員長の行動を止めることはできていないのである。この淵源は湾岸戦争にあった、という指摘は、刊行当初読んだ時にはピンとこなかったが、二十年近くして読み返してみると、なるほどこういうことか、と膝を打った次第。小室直樹恐るべし。

評価 ☆☆☆☆


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2016年2月11日 (木)

荒井献『ユダとは誰か』(講談社学術文庫、2015年)

点検読書122

副題は「原始キリスト教と『ユダの福音書』の中のユダ」。


宗教――キリスト教


キリスト教世界で「裏切り者」の象徴として知られるユダについて、正典四福音書と近年発見された「ユダの福音書」の記述を参照しつつ、歴史の中のユダの実像に迫る。


三部構成・付録
1:正典四福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)に描かれるユダ。
2:外典と「ユダの福音書」に描かれるユダ
3:ユダはイエスの直弟子の一人で、何らかの理由によって、ユダヤ指導者にイエスを引き渡したが、復活のイエスが「十二人に現れた」との伝承からユダもイエスに許されたというのが歴史の中のユダである。教会が制度化するに従って、ユダは自死する者として罪を許されなくなったのであった。
付録:キリスト教芸術に描かれるユダの姿の解説。

コメント
 たいへん読みやすく面白かった。学者的抑制のきいた叙述で、ものすごく新しい発見があったとは言えなかったものの、原典をしっかりと読みこめば、ユダが必ずしも「許されざる者」ではなく、他のイエスを裏切った弟子たち同様に許された者として理解できる、と言うのは納得ができる。また、「ユダの福音書」で描かれるユダは、イエスの地上での行動を完成させるために、ユダヤ指導者に引き渡したとしているようである。
 あと関心をもったのは、反ローマ主義者としてのユダという学説であった。ユダは「イスカリオテのユダ」と呼ばれるのであるが、この「イスカリオテ」の意味がよく分かっていないらしい。その中で「イスカリオテ」=sicarius=「短剣を所持する人」=反ローマ勢力の一員という解釈がある。これによれば、ユダは「熱心党」とりわけ「シカリ派」の一員として、イエスに政治革命を期待したが、その期待をイエスに裏切られたので、ユダはイエスを裏切ったというブランドン・カーマイケルらの学説で、1960年代の学生闘争時代に流行したのだそうである(61~62頁)。
 このユダ像というのはどこかでみたことがある。安彦良和『イエス』に登場するユダである。安彦先生らしいクールな裏切り者で、もちろんユダは自死などしないで物語から退場するという役回りだった。これを読んだ後に、聖書の各正典の記述に当たると、凡庸に思えてしまってがっかりしたが、この解釈が学生闘争時代に流行したものだとすると、学生運動家であった安彦先生の精神にピタリとハマって、そして安彦良和ファンの私にもピタリとハマった解釈だったのだな、と。

評価 ☆☆


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2016年1月25日 (月)

橋爪大三郎『人間にとって法とは何か』(PHP新書、2003)

点検読書108


法学


近代法を「言語ゲーム」の観点から読み解き、キリスト教・イスラム教・仏教などの宗教法の成り立ちを探りつつ、法観念が歪んでしまっている日本人の法秩序観を問いなおす。


四部構成
1:法一般について、ハートの言語ゲームとしての法、近代法の原則(第1~3章)。
2:ユダヤ教・キリスト教・イスラム教・仏教・儒教の宗教法の成り立ちと法感覚の相違について(第4~8章)。
3:日本人の法意識として、前近代と近代以後の法秩序観(第9~10章)。
4:リバタリアニズムと公共性、国際法(第11~12章)。


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2015年12月25日 (金)

安丸良夫『神々の明治維新』(岩波新書、1979)

点検読書79

副題は、「神仏分離と廃仏毀釈」

歴史――日本史

維新政府が打ちだした神仏分離の政策と、仏教や民俗信仰に対して猛威を振るった排斥運動の過程は、日本人の宗教観に影響を与えた。つまり、初詣など宗教色の弱い儀式には参加できるものの、自身の問題としての宗教へのハードルの高さを感じてしまう、というように。

戦国時代から幕末までの為政者による宗教政策の事例を追うことで、世俗権力優位=世俗権力の神格化という特徴を論じ、明治新政府による神仏分離を含む宗教政策が論じられる。次に廃仏毀釈の事例、政府による神の統制・序列化の国家神道の試み、民衆の宗教生活の変動、国家神道路線の破綻と国家優位の「信教の自由」体制の確立。

メモ
1.政治権力者の神格化への道をひらいたのは織田信長(23頁)
  現世と来世を「総見」する至高神=信長を祀る総見寺
  →これ以降、現世の権力者功績あるものが神として祀られることに(東照宮など)。
   ←中世までは非業の死を遂げたものへの御霊慰撫であった。

2.長州の淫祠破却(39~41頁)
  村田清風の天保改革の一環
  基準は延喜式神名帳に記載のある神が正祀で、そうでないものは淫祀
  (国学者・近藤芳樹の進言による)

3.国家による祭祀の統制思想(42頁)
  徂徠学派→中井竹山・履軒→水戸学・平田国学→水戸・長州藩による淫祀整理へ

4.徳川時代の反秩序的宗教の序列(43頁)
  キリスト教≧かくれ念仏・不受不施派≧一向宗・日蓮宗
  ≧流行神や御霊≧民俗信仰≧仏教一般

5.大教院体制=国家神道体制の破綻(199頁)
  国家神道体制破綻に最も影響力があったのは島地黙雷の政教分離論や浄土真宗の大教院離脱、さらには真宗信徒らの各地の抵抗による。

6.啓蒙思想家の「宗教自由」論(209頁)
  信教の自由よりも政教分離に関心が集まり、おおむね宗教に否定的。


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2015年11月25日 (水)

村山秀太郎『中学生から大人までよくわかる 中東の世界史』(新人物文庫、2011)

点検読書51

①歴史――中東

②世界的宗教たるユダヤ教、キリスト教、イスラーム教を生んだ中東の歴史を理解すれば、同時に世界の歴史が見えてくる。

③『創世記』のアダムとイブからイエスの聖書の時代、ローマ帝国とディアスポラ、オスマントルコの崩壊、ヨーロッパにおけるユダヤ人の歴史、イスラエルの歴史、第二次大戦後のイスラーム諸国の各国史、ネオコンとイラク戦争、オバマのイスラエル離れまで。


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2015年11月22日 (日)

橋爪大三郎『世界は宗教で動いている』(光文社新書、2013)

点検読書48

①宗教社会学

②宗教は「自分とは何か」という問いが凝縮されており、宗教リテラシーを学ぶことで複数の文明圏が並び立つ現代世界をより深く理解することが可能になる。

③ヨーロッパ文明圏におけるキリスト教、宗教改革とアメリカ文明、イスラム教の諸特徴、ヒンドゥー教とインド仏教、儒教および中国仏教、神道・日本仏教・日本儒学・国家神道について。


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