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経済学

2016年11月 8日 (火)

中島隆信『これも経済学だ!』

点検読書240

ちくま新書(2006年8月10日)刊


経済学


経済学的思考とは何か。経済学は、希少なものに対する人間の欲望=インセンティブを対象とする学問である。この方法を利用することで、社会の中に存在する「なぜ」に対して、背後にある人間の動機を解明することで、合理的な解釈を考えることが可能である。本書は、通常は経済学が対象としない伝統文化や宗教、社会的弱者の戦略などの世の中の仕組みを経済学的に理解しようという試みである。


1:経済学的思考とは何か(第1章)

2:伝統文化の経済学(第2章)

3:宗教の社会学(第3章)

4:「弱者」とは何か(第4章)

5:経済学の魅力(第5章)

コメント
 レービットの『ヤバい経済学』の日本版のような作品。ただ『ヤバい経済学』の方が、さすがアメリカと言うか、視点や結論の意外性があったように思います。本書は、より社会に密接な分野を扱っているので、やや意外性にかけるところがあるかもしれませんし、相撲や宗教に対して関わりなく、興味もない人には、そういうものか、ぐらいの感想しか出ないかもしれません。
 本書を読んで腑に落ちたというか、思い出したのは、マクドナルドのエピソードです(31~33頁)。
 本書によれば、もともとのアメリカでマクドナルドと言えば、ジャンクフードでミドルクラス以上の人が年に何回も食べるものではなかったのに、日本に入ってきた時には、牛肉100%という売り込みで高級食として宣伝していました。それが、売上低迷のために、アメリカ同様の低価格路線に進み、下級材としての評価が定まり、主な顧客が低所得者になる一方で、高所得者は品質と安全にこだわるために離れていく上に、BSE問題等で追い打ちをかけられました。戦略の見直しとして、再び高級路線に転換しようとしても、すでに顧客層が変わってしまっていて、低所得者は高いものを買おうとしないし、高所得者はマック自体を食べようとしない。そうして売上が低迷し始めた、ということです。
 本書は2006年の刊行ですから、その後のさらなる高級路線の失敗と中国の工場の賞味期限切れの鶏肉問題とかでも同様の事態が起きたように思います。それはともかく、現在では「マックのくせに、高級路線なんて」という評価ですが、私の子供の頃など、たしかにマックはなかなか食べさせてもらえない外食の一つだったかもしれません。我が家が、あまり外食せずに、COOPとかを利用する健康・節約志向だったこともありましたが、それ以上にそれほどお腹いっぱいにならないにもかかわらず、ファミレス同様の価格帯だったことも影響があったようにも思うんですよね。一号店が銀座にできたというのにも、驚きですが、そうした時代は、もう戻ってこないのでしょうね

 あと興味を持ったのが、日本の仏教の問題なぜ日本の仏教僧は、宗教家として社会的役割を果たしていないのか本書によれば、徳川時代の寺請制度によって、菩提寺と檀家という密接な地域コミュニティが形成されたために、僧の方で新規の信者=顧客開拓を行なうインセンティブが働かなくなったから、というのです
 そうしてこうした関係は、近代国家となった明治時代になっても、僧侶の方の意識が変わらなかったのです。その上、僧侶の妻帯が許されるようになって、寺の世襲まで可能になると、今を維持できれば良い、という発想になりました。その間隙をついたのが、都会の新宗教です。つまり、明治になるとすべての人が名字を名乗るようになり、それまでの個人墓から先祖代々の墓へと再編されます。そうすると、先祖の墓は長男が守るものの、次男・三男は別の墓を作るようになります。こうして先祖の墓と縁が切れた人々が都会に集まってきたところに、新宗教の猛烈な信者獲得攻勢によって、信者が奪われた、ということになったのです
 ですから、仏教寺院というのは、一定の信者を確保できている上に世襲ですから、まずは現在いる檀家へのサービスに専念して、現状維持を図った方が得なのです。新規獲得へのインセンティブがないのです。しかも、今現在まで共同墓地ではなく、檀家として墓を維持している家は、ある程度の先祖の由来がはっきりしている家でしょうし、資産もある家でしょうから、安定した収入が見込めます。そうした意識が、馬鹿高い葬式費用や戒名の値段になっていくのですが、今後はどうなるのでしょうか。
 少子化や核家族化によって、ますます菩提寺に墓を持つ家は少なくなるでしょうし、安く葬式をあげてくれる僧侶も増えています。そうすると、これまでのあぐらをかいた経営だと、現状の顧客も離れていきますので、サービス合戦に参加するであろうし、また信者の新規獲得競争にも乗り出すかもしれません。もしかすると、今後、つくられた仏教ブームというのがやってくるかもしれませんね

評価 ☆☆

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2016年4月11日 (月)

スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナー『ヤバい経済学[増補改訂版]』

点検読書167

東洋経済新報社(2007年)刊。
副題は「悪ガキ教授が世の裏側を探検する」。
訳者は、望月衛。


経済評論


ジャーナリストのダブナーが、若手経済学者のレヴィットとコンビを組んで、インセンティブについての学問である経済学を道具として、日々の出来事――麻薬の売人は儲かるのか、銃とプールとではどちらが危険か、犯罪発生率を下げた原因は何か、効果的な子育てとは何か、階層別による名前の付け方――への解答に挑戦する。


六部構成

1:制度的歪みが不正を誘引する(学力試験をインチキする先生と八百長力士)。

2:情報の非対称性(出会い系サイト、不動産屋、ク・クラックス・クラン)。

3:貧困の中の資本主義原則(ヤクの売人の収入格差)。

4:犯罪率が低下したのは何故か(中絶合法化とその影響)。

5:子育ての経済学(効果が認められる子育て・階層別の名前)。

6:増補版(コラム)。

コメント
 ずい分前に本書を題材にしたドキュメンタリー映画を見たのです。結構楽しい話なのかなと思いきや、途中の相撲界の八百長問題で、告発しようとした人物が次々と死亡し、それが「自殺」として処理されるという日本社会の闇を描いて背筋を凍らせるような作品でした。日本における「自殺」の多さは、捜査当局が犯人逮捕につながる証拠を発見できそうならば、「事件」、そうでないならば「自殺」として処理されるので、「自殺」の数が多く、「殺人」の件数が少ないのだ、というようなことを指摘していたような(近年の自殺数の低下は、経済的な要因が緩和されたからだと思いますが)。
 そうしたわけで、本書には関心を持っていたのですが、やっと読む機会があったということです。さきほどの相撲の八百長(七勝七敗の力士の八勝六敗の力士に対する勝率が八割と異常に高い)や犯罪と中絶合法化の関係などの解明の鮮やかさ、ク・クラックス・クランの組織率とリンチの多さに相関関係はなく、彼らはリンチをする団体というイメージを利用して政治的・経済的優位さを保とうとしていた集団に過ぎないことなどの指摘は興味深かったです。
 また、子育てという一般的に誰でも関心があり、誰でも発言できるがために、情報が拡散している分野についても、数字による相関関係を示すことで、「家に本がたくさんある」のは相関関係があるけれど、「ほとんど毎日親が本を読んでくれる」には意味がない、という意外であり悲しい結果が示されている。つまり、家に本があるというのは、親の知的水準が高く、本を買い置くスペースのある経済的余裕があるということで、「親がどんな人か」を表す指標、本を読んでくれるというのは、「親が何をするか」、という指標であまり意味がない、ということです。
 著者は次のように言います。

「親御さんが子育ての本を手にするころにはもうぜんぜん手遅れになっている。大事なことはずっと前に決まってしまっている――あなたがどんな人で、どんな人と結婚して、どんな人生を歩んできたか、そういうことだ。あなたが賢くてよく働いてよく勉強してお給料も高くて、同じぐらいよくできた人と結婚したなら、あなたのお子さんも成功する可能性が高いでしょう(そしてもちろん、正直で、思いやりがあって、子供を愛し、いろんなことに興味を持てる人であるのも決して邪魔にはならないでしょう)。でも、あなたが親として何をするかはあまり大事じゃない――大事なのは、あなたがどんな人かなのだ。そういう意味で、あれこれ手を出す親は、お金があれば選挙に勝てると思い込んでいる候補者みたいなものだ。本当は、そもそも有権者がその候補を嫌いだったら、世界中のお金があっても当選なんかできるわけないのに。」(210~211頁)

 つまりは、子供というのは両親のそれまでの素質・人生の結果であって、両親のリプレイを演じるだけなのだ、ということです。それは、何をしても無駄ということではなく、過大な期待はしてはいけない、ということです。子供が、ノーベル賞をとるような人やメジャーリーガーになるのは、宝くじに当たるようなもので、過大な期待をかけるというのは、大当たりが出た宝くじ売り場で行列に並ぶみたいなもので、苦労した分の報いはないよ、ということになります。
 近年、様々な研究が進めば進むほど、「遺伝」と言うものの影響の強さが明確になりつつあるというのは、平等観念からすると残念でなりません。しかし、そうしたことを理解して、子供への過大な負担をかけなくするということは、親にとっても子供にとっても幸せに生きる、という意味では重要なのかもしれません。もっとも、いわゆる大金持ちというのは、学校の成績においては「中の下ぐらい」という話を読んだことがありますので、自身を省みて学力に自身がなければ、別のスキルを磨けばいい、ということかもしれませんね。

評価 ☆☆☆

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2016年3月21日 (月)

松尾匡『この経済政策が民主主義を救う』

点検読書153

大月書店(2016年1月)刊。
副題は「安倍政権に勝てる対案」。


経済評論


安倍晋三首相は、特定秘密保護法、集団的自衛権の憲法解釈変更、安保法制などなど、次々と日本の戦後体制を大転換する政策を実現し、最終的には憲法改正を目論んでいる。これらの実現を可能にしているのは、首相が掲げる経済政策による支持率の高さである。それにもかかわらず、左派リベラルは有効な対案を示せぬばかりか、安倍政権の金融政策を批判するという世界基準の左派から見れば、倒錯した主張をしている。本来の左派は、中央銀行による大規模な金融緩和により生み出した資金によって社会保障を充実させる政策を打ち出すべきである。日本の左派リベラルが「アベノミクス」の金融政策を批判し続け、「アベノミクスの失敗」などと否定し続ける限り、安倍政権の思うつぼで、戦後体制からの転換は時間の問題である。


四部構成
1:政治の現状(第1・2章)。

2:左派リベラルが主張すべき経済政策(第3・4章)。

3:ケインズ経済学の登場と衰退、そして復活(第5章)。

4:「アベノミクス」の弱点(第6章)。

コメント
 本書を読んであらためて思うことは、安倍晋三首相の経済政策の支持者には左派リベラルが多かったんだな、ということ。

 2015年10月の消費増税延期の決定打を与えたポール・クルーグマン氏、グローバリズム批判で著名なジョセフ・スティグリッツ氏、貧困問題で左派のカリスマ的存在となっているアマルティア・セン氏、『21世紀の資本』がベストセラーとなったトマ・ピケティ氏、ヨーロッパにおける左派の退潮を憂える主張を繰り返しているエマニュエル・トッド氏、などなどが「アベノミクス」のとりわけ金融政策を支持しています。

 また、安倍首相がリフレ派経済学を学んだ『デフレの経済学』の著者で、安倍政権が最初に取り組んだ日銀総裁・副総裁人事で、最初に総裁候補とされ(参照)、副総裁となった岩田規久男氏は1981年に「原子力の帝国と辺境」という反原発論文を『思想の科学』11月号に寄稿していました。

 私が、安倍首相は本気だな、と改めて思ったのは、2015年3月に原田泰氏を日銀審議委員に据えた時でした。リフレ政策的には順当な人事でしたが、原田氏には、その約一年前の2014年5月に、歴史・靖国・領土問題で日本側の抑制を求める意見書を、首相のブレーンの一人浜田宏一氏らとともに提示し、翌6月に官邸に意見書を提言したものの受け取りを拒否されたという事件があったからです(参照 参照2)。

 安倍首相が、これらの問題で実はそれほどのこだわりを持たないのではないかということは、2013年末以降、靖国神社参拝をしていないこと、2015年の「戦後七十年談話」や慰安婦問題の日韓合意、日中関係改善などに意欲を示していることから分かります。しかし、2014年段階では、そうした動きは見せておらず、どちらかというと2014年7月の集団的自衛権行使の憲法解釈の閣議決定や翌年にかけての安保法制など強硬な姿勢が見られたように思えます。

 そうした中に浜田・原田氏らの提言であり、それを拒否したのですから、もし安倍首相がリフレ政策への信頼が強固でなかったとすれば、原田氏を日銀審議委員にすることはなかったでしょう。しかし、首相は原田氏を推薦し委員に据えたのでした。これは、安倍首相がリフレ政策に本気なのだ、と思えたのでした。

 その原田氏は、『日本国の原則』 などで経済的自由主義こそが日本を繁栄させ、民主主義を守るものだとして、見る人によっては市場原理主義者にも思えますが、『日本はなぜ貧しい人が多いのか』 などでは「バラマキの何が悪い」と財政政策の重要性を語り、『ベーシック・インカム 』 では20歳以上に月額7万円、20歳未満に月額3万円の基礎給付をするべきと提案しています(参照)。先の日中韓との関係改善提言と含めて、左派とは言えませんがリベラル派ではないかと言えると思います。

 このようにいくら反対派が安倍首相を極右の権化だと批判してみても、その経済政策は左派リベラルといえると思います。

 それを「アベノミクスはトリクルダウン」、「金持ち優遇」、「株価だけ上がって、庶民には何も恩恵がない」、「アベノミクス失敗」、「アベノミクスはアホノミクス」と見当違いの批判を繰り返して間違い続けるのが、日本の左派リベラルだ、と最左派のマルクス経済学者の著者が、最左翼の大月書店から出版した本で主張しているのです。

 本書で指摘されているように、安倍政権への反対派が、「アベノミクスは失敗」と言うたびに、現実における経済の回復傾向が、彼らを「オオカミ少年」と見られてしまい信用をなくす上に、かえって安倍首相の正当性や権威が高めてしまいます。それを防ぐ最後のチャンスが、2016年の参議院選挙であるというのが本書の主張です。

 そこで著者は、次のような提言をします。

 「アベノミクス」という用語を反対派は言うべきではない(積極的な金融政策が安倍首相の専売特許となりかねず、同様の政策を提示するのに安倍嫌いの人たちを躊躇させてしまう、ということでしょう)。

 金融政策については安倍首相よりもアグレッシブな姿勢で、中央銀行の独立性をなくし、ゼロから生み出した資金で社会保障の充実を行なう。

 安倍政権の経済政策の弱点は、財政支出の対象が公共事業に偏っており、少子高齢化で将来の介護需要が高まる中で需給バランスが崩れて失敗が目に見えている。つまり、本来、介護の方へ振り向けるべき人材が土木・建設業界に配置されてしまっており、介護需要が高まった時に供給が間に合わない。また、オリピック後の不況がきた際にも、建設業に振り分けられた人員のために財政支出が公共事業に向かってしまう。そうなると雇用対策のために不要なハコモノを作ることになり、必要な介護事業への財政支出ができなくなり、介護料が高騰し、必要な人が介護を受けることが出来なくなってしまう。

 消費税は、本来、生産品の需要を減らし、そこで働いていた労働者を税によって実現する事業へと振り向けるための税制である。現在は、完全雇用の状態にはまだなく、消費税増税は必要ない。

 「アベノミクス」の「第三の矢」と言われる規制緩和等の成長戦略は必要ない。少子高齢化で「天井」の経済成長、つまり潜在成長力の伸びは期待できない。設備投資をして生産性を拡大させる政策よりも、現状の生産能力をフル活動(完全雇用)できるよう促すことに集中して、労働者への分配を増やすようにすべきである。つまり、総需要を増やすことが第一で、総供給を拡大させる政策は必要ないし、完全雇用が実現したあとで良い、ということ。

 こうしたことを提言されています。「第三の矢」批判については、完全雇用が実現してからでよい、と言ってますが、それでは間に合わないから、常にやっておくべきこと、という浜田宏一氏や岩田規久男氏や田中秀臣氏らの考えに私は影響を受けていますから、賛成しかねるのですが、おおむね賛成です。もっとも、政治的な見方としては、ほとんど同意するところはないのですが…。

 上記した通り、著者にとって安倍政権の方向性は危険に満ちています。今年の参議院選挙が天王山となるはずなのですが、左派リベラルは、相も変わらず、金融政策批判と頼りになりません。最大野党の民主党(民進党)の岡田代表は、昨年、トマ・ピケティが来日した際も、彼らは「アベノミクス」批判を期待してたに過ぎず、真摯に学ぼうとする姿勢はありませんでしたし(参照)、今年もスティグリッツ氏に財政規律の必要性を説くなど逆方向に進んでいます(参照)。そればかりか、安倍首相は介護や子育て支援に力を入れること、同一労働同一賃金、最低賃金の年3%引き上げ、さらには消費増税の延期までも視野に入れた政策を練っているようです。

 今から野党の政策を変えるには、民進党の結党の際に代表を代えることでしょうが、どうやら岡田克也氏で突き進むようです。やはり遅きに失したというべきか。

 本書で述べられているように、2014年の都知事選挙で、民主党の推薦を受けた細川護熙氏が共産党・社民党の推薦を受けた宇都宮健児氏にすら得票数で敗れ、自民党・公明党推薦の舛添要一氏に敗北したというエピソードを振り返るべきです。

 本書によれば、宇都宮陣営の若者たちは、イデオロギー的には間逆であるはずの田母神俊雄候補と悩んだといいます。それは、宇都宮・田母神両氏ともに若者の雇用ということを熱心に説いたことが理由とされます。当選した舛添要一氏ももちろん福祉を熱心に訴えました。それに対して、細川氏は脱原発など人々の現実生活にはあまり縁のないことを重点政策としました。このことから考えると、細川氏や現在の民主党の支持者に見られるのは、高所得層の高齢者で戦後民主主義が好きな高度成長期逃げ切り世代だということです。

 つまり民主党は、シルバーデモクラシーと心中しようとしているのです。そこを反省して脱却しないかぎり、民主党=民進党の未来はないでしょう。今からでも遅くないので、本書を読んで左派リベラルらしい経済政策を学ぶべきです。そうすれば、より生産的な議論はできますし、二大政党制の定着が、政治に緊張感を取り戻させる最短の道でしょうから。

評価 ☆☆☆


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2016年3月15日 (火)

鈴木亘『財政危機と社会保障』(講談社現代新書、2010年)

点検読書149


経済学――社会保障


年金、医療、介護、保育などの社会保障を個別に解説するのではなく、社会保障全体にまたがる共通の問題点を捉える視点に立ち、より広く社会保障と日本経済、社会保障と日本財政との関係も明確にする。こうした観点から安易な公費投入を削減し、正常なコスト感覚に基づいて社会保障費を抑制し維持する方途を提示する。


五部構成

1:日本の財政はどの程度危機的なものか(第一章)。

2:「強い社会保障」論批判(第二章)。

3:少子高齢化と人口減少(第三章)。

4:年金・医療・介護・待機児童問題の現状と問題点(第四~七章)。

5:身の丈にあった社会保障の提案と改革案(第八章)。

コメント
 本書の特徴は、他の一般的な社会保障分野の著者とは異なり、社会保障を中心として考えるのではなく、現状の日本経済・財政の状況に目配りをしつつ、実現可能・維持可能な社会保障を提示しているところである。
 つまり、社会保障関係者とすれば、日本経済の状況に関係なく、維持可能な社会保障のために消費増税もやむなし、いやすべきである、と主張する。たしかに消費税は、景気の状況にかかわりなく、安定的な財源となる。しかし、消費増税によって景気の全体が冷え込めば、所得税・法人税はもちろん本来ならばより多く納められたかもしれない消費税も減少してしまう可能性が高い。それは、社会保障を維持するという目的によって不景気をつくりだし、かえって社会保障を必要とする社会状況になる。つまり、社会保障のための施策が、社会保障費をさらに必要となる悪循環が生じる。それにもかかわらず、不景気の原因は、将来不安にある、とか、消費増税して財政が安定して将来不安が解消されれば、消費マインドが温まって景気が上向くという不可思議な「経済評論」が日本において蔓延している。本書は、そうした社会保障関係者の悪弊を免れているばかりか、批判の俎上に載せている。

 さて、今般の話題といえば、待機児童問題なのですが、本書ではどのような問題として捉えているのでしょうか。

 まず、保育所の種類ですが、国が正式な保育所として認可し、補助金を出している「認可保育所」には、自治体が経営している「公立保育所」と、福祉事業を行なうための特殊な法人格である「社会福祉法人」が経営する「私立保育所」があります。そして、もう一つ各自治体が応急的に設置している小規模な保育所や企業が従業員のために事業所内に設置した保育所、ベビーホテルなどがありますが、これらには補助金は出ていません。そのため、利用料が認可保育所が平均二万円であるのに対し、無認可保育所は平均六万円と割高になります。

 で、一般的に待機児童とは、上記の「認可保育所」に入所申請して空きを待っている児童の数を統計的に示したものです。この待機児童問題の厄介なところは、この数字に問題があるところです。平成21年以降の4月の統計では、だいたい2万から2万5000人が待機児童となっています(10月統計は例年+2万人)。個別の問題で見ていけば、二万人は多く感じますが、総数が200万を超える保育児童としてみると「たった」2万人(または4万人)となってしまいます。この「たった」という問題が、この問題に対する対応の遅れの原因になってしまいます。つまり、大した問題ではない、と当事者ではない人や、より多くの数字を扱う国会議員たちには思えてしまうのです。

 しかし、この数字は、認可保育所に入ることを諦め、無認可保育所に入った児童については数(約20万人)に入っていません。また、最初から入所を諦めて申請を出していない児童も入っていません。これらの総数は80万人ほどと言われます。さらに厄介なのは、景気が良くなって働き口が増えると、ウチも働きに出ようと考えて、今まで数字に出ていなかった児童もカウントされるようになります。そうすると、数字に表れていた待機児童に合わせて保育所を増設しても、収容した分以上の申請者の増加によって、待機児童の数が減るどころか増えてしまう、という問題も出てきます(2015年現在の問題というのは、この要因が大きいのでは)。

 本書によりますと、待機児童問題が生じている原因は、第一に認可保育所の保育料が低すぎること。これによって、超過需要というものが生じてしまいます。この問題点は、本来は所得に応じて負担額が変わるはずなのですが、低所得者が無料などの減免措置があるため、「公平性」のため、中高所得者も低くおさえられているという現状があります。また、入所の選定において、親から提出された所得状況・就業状況によって決定されます。そうすると、両親ともフルタイムで働く正社員の家庭が有利となり、片親もしくは両親ともに非正規雇用の家庭が不利に働くことになります。そのため、中高所得者が認可保育所に入所できて、非正規雇用で低所得者が無認可保育所に入らなければならない、という不条理な事が起き、さらなる生活水準の格差を生んでしまう、という問題が起きます。

 第二の問題は、認可保育所の補助金が高すぎて、財政上の制約から供給量が増やせないということ。認可保育所の運営費割合は、約八割が補助金で、また東京二十三区の公立保育所の0歳児一人あたりの運営費は月額約50万円で、利用者の保育料負担が月額約2万円ですから、約48万円が補助金で賄われていることになります。その多くが人件費で、正保育士の年収は約800万円、さらに保育所内に調理施設がなければならないので正保育士と同等の給与の調理師を置かなければなりません。その上、様々な理由をつけて、保育士数を最低水準以上に揃えることで、人件費を高騰させています。一方の私立保育所は、運営費が月額30万円であるものの、公費の人件費計算に問題があり、正保育士の給与が低くおさえられているために可能となっている数字です。その上、臨時保育士・短時間保育士の給与はかなり低く抑えられていて、なり手不足という問題も抱えています。

 最後の問題は、参入障壁の高さです。既存の保育所が高コスト過ぎて増やせないなら、自治体や社会福祉法人のみに限られている参入規制を緩和し、効率的な経営が期待される株式会社やNPO法人が参入すれば良い、と考えられます。これは2000年の制度改正以降に規制緩和されたものの、「実質的な参入規制」が残っていると本書は指摘しています。

 例えば、配当の禁止。配当なくしてどうやって資金を集めることができるのか。運営費の再投資禁止。保育所の運営費は、当該保育所内で使いきらなくてはならず、他の保育所の新規開設費用に回すことができない。これで、どうして効率的な経営を行おうとするインセンティブが働くのか。また、経営者に事業拡大という旨味が全くない。さらには施設整備補助金を受けることができない。社会福祉法人の場合は、建物の建設費用の約四分の三が公費から出てるといいます。さらに、土地建物の賃貸料は運営費から当てることは制限されている。消費税、法人税、固定資産税、相続税も社会福祉法人は免税されているのに、株式会社やNPO法人には課せられている、という不利な条件まで出されているのです。これらは、保育業界団体が政府の審議会・検討会などで猛反対したための規制緩和の骨抜きのための規制でした。

 で、この参入規制の問題は、本書が書かれた2010年段階の問題で、いくらかは緩和されている。2015年4月以降、配当は可能になったし、施設整備事業費の補助金も出るようになったとのこと、しかし一方で、先に上げた社会福祉法人の税制面での優遇措置は変わっておらず、まだ改革の余地はありそうである。

 その点でいくと、保育業界団体や福祉事業への営利団体の参入を嫌う人々でなければ、安倍内閣は数十年放置されていた問題に手を付けていたといえる。今般の問題で、安倍政権を窮地に陥れようとするのは、第一次安倍内閣の年金問題の再来を願うものかもしれない。また、例の「日本死ね」の人が『週刊文春』でインタビューされているが、彼女は待機児童が解消されるなら消費税増税でも構わないと言っている。そこまで切実なのか、と思うが、これを利用する人々に関しては、疑問とせざるを得ない。この問題を国会で取り上げた民主党の議員さんも、軽減税率したら待機児童の予算をどうするんだ、と質問していて、これもげんなりする。

 まずは上記の通りの公立保育所における正保育士の人件費の高さや社会福祉法人の既得権益を打破しないかぎり、人件費の適正化や保育事業者の増加は難しいだろう。こうしたことへの取り組みというのは、単純に予算をつけるだけという分かりやすい目に見える措置に比べて、理解が得にくい。しかし、こうした部分にメスを入れていかなければ、持続可能・維持可能な社会保障は不可能となるだろう。本書は、少し情報が古くなっているものの、こうした問題を考えるヒントを与えてくれる。

評価 ☆☆☆


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2016年3月10日 (木)

浜田宏一・安達誠司『世界が日本経済をうらやむ日』(幻冬舎、2015年)

点検読書145


経済学


アベノミクスによって、デフレ脱却の期待が高まり、経済成長の予兆が現れ始めた。しかし、現在に至るも、日本の正解、マスメディアでは、金融政策への無理解が残っており、安倍晋三首相が退陣すれば逆戻りしかねない。そのためにも、誤った経済観を持った政治家を選ばないように、わかりやすい解説でリフレ政策への理解を深めることが必要である。


五部構成
1:実質成長率を上げる金融政策と潜在成長率を拡大させる成長戦略との区別の重要性(第1章)。

2:円高・デフレの弊害について(第2・3章)。

3:財政再建は経済成長で行なうべき(第4章)。

4:金融政策の効果と経済学の論争史(第5・6章)。

5:マクロ経済と投資戦略(第7章)。

コメント
 今年は選挙の年である。もはや選挙戦は始まっていると言えなくもない。高市総務相の放送法発言に対するジャーナリストたちの反対声明、先の「保育園落ちたの私だ」を真っ先に取り上げたテレビ朝日系の情報番組。こういう政権の支持率に決定的ではないものの、ボディーブローのように効いてくる雰囲気作りというのは選挙の年らしい現象である。

 本書は、一年前に出版されたものであるが、もっとも分かりやすく、また確かな学識と事実に基づいたアベノミクスの最良の解説書といえる。本書の目的を端的に言えば、以下の発言になる。

「「経済を知る」ことは、「豊かに生きる」うえで非情に重要である。なぜなら経済に疎い国民は、経済を知らない政治家を選んでしまい、結果として国民の不幸につながるからだ。」(5頁)

 我々は、必ずしも経済政策を基準に投票をしてこなかった。2014年の総選挙には、多少はそうした意味がなかったわけではなかったが、世論調査で「安倍政権の経済政策を評価するか」という質問への肯定的な評価が意外と低いことを考えると、経済政策で投票しているのではなく、結局は政権への信任投票に過ぎないことが多いのである。その点で、本書は選挙の年にこそ、読んで欲しい著作である。

 私が、安倍政権が続いた方が良いと考えるのは、他の政治家に本書で語られるようなリフレ政策を支持する有力政治家が見当たらないからである。これは与野党を問わない。自民党を支持すれば、リフレ政策が続くというより、安倍政権が続くからリフレ政策が続くという状況であることに問題があるといえる。これを変えるには、このリフレ政策の正しい理解の広がりとその成功が続くことが国民と政治家の意識を変える一番の近道である。この路線が、しばらく続くうちは政治も経済も心配がなくなる。リフレ政策に懐疑的で財政規律主義者の石破茂氏や谷垣禎一氏が首相になることは避けたい。

 安倍首相は、官房副長官、官房長官、首相として長く政権の中枢にいて、日銀や財務省が遂行した政策よりもリフレ政策の方が適切であると気づいたことが、現在のアベノミクスにつながったという(76頁)。何よりも第一次政権における経済の停滞の原因が日銀の量的緩和中止にあると考え、恨みがあるというのが一番影響が強かったであろう(参照)。やはり実体験に基づく経験が大切なのだ。

 そうした点で、不可解なのは民主党の政治家たちである。彼らが政権にあった時の白川日銀こそもっとも経済のパフォーマンスが悪く、円高・デフレがひどい時期であった。それが、安倍政権における経済政策の転換で、それらが是正されたのなら、日銀に恨みを持ってもいいはずだし、反省材料としてその点を考えるべきだろう。それにもかかわらず、目の前の安倍政権を批判することにやっきになって、リフレ政策に関心を持たないというのはどういうことか。

 本書では、その点のヒントも与えてくれる。

「現在、私がもう一つ苦慮するのは、アメリカに留学した若い日本の経済学者たち、しかも優秀な人たちが、新しい古典派的な経済学に毒されて帰国し、「金融政策が効くはずはない」と考えていることである。/これは、新子古典派的な考え方を必要以上に忠実に吸収してしまったためであり、同時に彼らが優秀であるからこそ起きる錯誤だ。したがって、いったん毒されてしまった人と議論をしようと思うと、膨大なエネルギーが必要になるのだ。」(188頁)

 この「若い日本の経済学者たち」の「経済学者」を「政治家」や「官僚」、「メディア関係者」としてもいいだろう。とりわけ、官僚は政治家の供給源であるし、たいていのキャリア官僚はアメリカへ留学する。そして、民主党の政治家の多くは、こうした「優秀な人たち」なのである。それが、方向転換できない理由で、逆に安倍首相が転換できたのは、若い頃に勉強が嫌いだったし、『美しい国へ』を読めば分かるように、経済的豊かさ(経済学)にあまり関心がなかったことが幸いした面もある。また、本場のアメリカにおいて2008年のリーマンショック以降、経済学において認識が改まりつつあるにも関わらず、かつて学んだ経済学から「優秀な人」ほど頭を切り替えることができないのである。

本書での述べられているポイントをいくつか書き出してみる。

・潜在成長力(潜在GDP)に実質GDP成長率を近づける景気回復のための政策=金融・財政政策と潜在成長力を引き上げるための成長戦略=規制緩和などの構造改革は経済政策としての別物であること。

・変動相場制における財政支出はクラウディング・アウトを引き起こし、金利上昇圧力をかけ、それによる通貨高作用により、景気引き上げ効果は限定的になる(マンデル=フレミング・モデル)。

・デフレと人口減少はドイツの例を見れば分かるように関係がない。日本は人口増加率が-0.9%でインフレ率が-0.2%、ドイツも人口増加率は-0.2%だが、インフレ率は1.6%である。

・同様に中国発デフレ説は、日本以外がデフレになっていないことによって破綻している。

・デフレは、価格が下がるので一見良いものに思えるが、単に企業の値下げ競争であり、企業収益が下がることで、正社員を雇うより非正規社員を増やさざるを得ず、失業率を増やし、自殺者を増やす点で避けるべき状態である。

・消費増税は「増税」ではなく、「税率アップ」に過ぎず、景気を冷やして、かえって財政再建が遠のく。

・アベノミクスと円安は関係なく、ユーロ危機の一服が円安をもたらしたと主張する人もいるが、同様にユーロ危機時に通貨高であったスイスフランとの比較すると円安の勢いは一目瞭然で異なり、誤った主張であることは明らかである。

・アベノミクスはトリクルダウンではなく、株価上昇によって資産家を、失業率低下・雇用者報酬の上昇によって経済的弱者の両方に恩恵をもたらす。実感がないという意見が根強いのは中間層への影響がまだないことにある。

 だいたいのアベノミクスへの解説と誤解への反論は上記のとおりだが、リフレ政策と消費税増税は関係がないこと、これは強く主張して良いであろう。著者も消費税の延期を訴えていたが、今年の選挙のテーマはそれになるだろう。そうした考えの整理のためにも本書は一読の価値がいまだある。

評価 ☆☆☆☆


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2016年1月12日 (火)

岩田規久男『金融入門 新板』(岩波新書、1999)

点検読書95


経済学


貨幣の成り立ちから役割、それを媒介する金融機関の種類と機能などのミクロな金融から金融政策と景気との関係といったマクロな金融までの基本用語の解説を兼ねた入門書。


五部構成
1:貨幣(第1~2章)
2:金融機関と金融市場(第3~4章)
3:金融資産(第5~6章)
4:金融ビッグバン(第7章)
5:金融政策(第8~9章)


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2016年1月 5日 (火)

ケインズ「繁栄への道」(1933)

点検読書89

『世界の名著57 ケインズ・ハロッド』(中央公論社、1971年)所収。


経済思想


世界恐慌に対応するための政策としての物価上昇政策の具体策を提示。


六部構成
1:貧困の解消は、資源や労働の量ではなく、新しい考え方を生み出すことで可能になると主張。
2:財政支出の増加は乗数効果によって、控えめに見ても1.5倍程度の国民所得を増加させると説明。
3:物価上昇が景気回復にふさわしい政策であるが、その手法は供給制限ではなく、全世界的に政府による公債支出拡大が適している。
4:世界経済会議にて、共同歩調の公債支出拡大を取り決めるべき。
5:世界的な公債支出を可能にするため、国際通貨制度を創設し、その裏付けのための限定的な金本位制の復帰の提案。
6:結論。


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2016年1月 3日 (日)

ケインズ「私は自由党員か」(1925)

点検読書87

『世界の名著57 ケインズ・ハロッド』(中央公論社、1971年)所収。


経済思想


保守党と労働党に挟まれて衰退し続けている自由党に新しい哲学と路線を提示する。


二部構成
第一部は五つに区分される。
1-1
人間が政治的動物ならば、政党に属すべきだが、ケインズは自由党を消極的支持政党とする。
1-2
現在の自由党の綱領で意味があるのは〈自由貿易〉ぐらいであると指摘。
1-3
世襲議員・企業家という保守党の問題点。
1-4
過激な反体制的心情に引きづられがちな労働党の問題点。
1-5
過去の個人主義と自由放任にとらわれるのではなく、現在に適した哲学・政策が自由主義に必要であることを説く。

第二部は自由党に必要な五つの政策について。
植民地の漸次独立、ヨーロッパ非介入、軍縮と調停という平和問題、地方分権と小さな政府という政府の問題、産児制限・女性の地位向上という性の問題、飲酒制限等幅広い意味での麻薬の問題で、社会主義に飲み込まれないように、社会的安定と社会正義を実現できる経済政策の必要を訴える。

メモ
支持政党をもつということ(161頁)
「もし、人間が生まれながらにして政治的動物だとすると、何らかの政党の所属しないことほど不愉快なことはない。それは、寒々として心細く、つまらないことである。」

自由貿易の信じられるところ(163頁)
「私はもはや〈自由貿易学説〉の粉飾をこらした政治哲学を信じていない。私が〈自由貿易〉を信ずるのは、それが煎じつめたところ、一般的に言って、技術的な点において健全で、しかも知的な点において堅実な唯一の政策だからである。」

世襲と衰退(164頁)
「世襲原則の墨守ほど社会制度の衰退を確実にもたらすものは、ほかにないであろう。人間の手になる制度のうちで、とりわけ最古のものである教会が、世襲の悪弊から免れてきた制度であるという事実こそ、このことを説明する一つの例証にほかならない。」

小さな政府と地方分権(167頁)
「私は、過去においては回避することができたとしても、将来は引き受けねばならない政府の義務は次第に多くなると確信している。これらの目的のために役に立つのは、大臣や議会ではない。われわれの課題は、まず、できるかぎり、いかなる権限も中央から地方へ分割、委譲すること、そして、とくに、半官半民の法人と行政機関を設立して、政府の義務を新旧を問わず委託することでなければならない。」


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2015年12月29日 (火)

ケインズ「若き日の信条」(1949)

点検読書83

John Maynard Keynes, My Early Beliefs, London, 1949.

『世界の名著57 ケインズ・ハロッド』(中央公論社、1971)所収。


経済思想史


D・H・ロレンスから「くたばってしまえ」といわれた若き日の超世俗的・観念的生活の精神史を振り返る。


本書は四部構成である。
第一部は、執筆の動機としてのロレンスとの出会いとロレンスに嫌われたケンブリッジの雰囲気について。
第二部は、ムーア『倫理学原理』が与えた影響として、社会との関わりである「道徳」と無関係の絶対者との関わりである「宗教」の発見とそれへの没入。善・美の厳格な定義づけの流行と快楽の抑圧。
第三部は、外の世界との関係として、伝統・因習的価値への軽視と量に価値の基準をおいて個性に目を向けないベンサム主義への軽蔑。
第四部は、現実から遊離した皮相的な青春時代の回顧。


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2015年12月28日 (月)

ケインズ「自由放任の終焉」(1926)

点検読書82

John Maynard Keynes, The End of Laissez-Faire, London, 1926.

『世界の名著57 ケインズ・ハロッド』(中央公論社、1971)所収。


経済学――経済思想


資本主義を否定するのではなく、その中の自由放任という欠陥を飼いならし、我々の好ましい生活様式を維持できるような運営方式を考えだすべきである。


本書は四部構成。
第一部(Ⅰ)は、個人主義と自由放任の思想的背景を、J・ロックからC・ダーウィンまでの思想史として振り返る。
第二部(Ⅱ・Ⅲ)は、自由放任論の教義化とその修正意見のあらわれ。
第三部(Ⅳ)は、現実における自由放任(無制限の私的利益追求)は崩れつつあるが、国家はなすべきこと、なすべきでないことの区別という問題があること。
第四部(Ⅴ)は、今後の展望として、資本主義嫌いと資本主義への修正を嫌う心情に対して、どのように能率の良い運営技術としての資本主義を説得していくか。



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