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哲学

2016年3月30日 (水)

小川仁志『すっきりわかる!超訳「哲学用語」事典』

点検読書159

PHP文庫(2011年)刊。


哲学


明治時代に難解な用語として翻訳されて以来、哲学はとっつきにくいものとなってしまった。本書は、哲学用語はそんなに難しい用語を使う必要があるのか、もっと簡単にすることはできないか、という問題意識のもと、普通の人が大づかみに哲学に近づくことができるための入門書として書かれている。


六部構成

1:よく目にする頻出用語(アイロニー、ラディカル、ニヒリズムなど)。

2:常識として知っておきたい用語(弁証法、アウフヘーベン、エートスなど)。

3:ワケの分からないカタカナ用語(アタラクシア、アンガージュマン、イドラなど)。

4:漢字系の用語(上部構造、超越論的、仮象など)。

5:哲学特有の使い方のある用語(批判、機械、限界状況など)。

6:本格派向けの高度な用語(現象学、定言命法、格率など)。

コメント
 木田元が、学生の頃、「形而上学」という言葉の正確な読み方に確信が持てず、できるだけ口にしたくなかった、というエピソードを語っていましたが、哲学用語とはとにかく難しい。その原因となるのが、明治時代の翻訳語にあります。明治時代とは、文明開化の時代とはいえ、それを受容した知識人たちは漢学を修めた人々でした。そのためにかえって当時の政府からの布告は、漢語だらけで庶民にとって意味がわからず、誤解を与えるようなものが多かったようです(「血税」とかが有名ですね)。
 いかにも成り上がり者特有の衒学趣味とも言えるのですが、西洋の学問たる哲学もその一つ。というよりももっとも被害を被った最たるものでしょう。先に上げた「形而上学」なんてものは、『易経』繋辞伝の「形而上者、謂之道、形而下者、謂之器」からとられていて、形あるもの、現に見えるもの、自然現象を超えたものを「道」というから採られているわけで、意味としては正しいようにも思えます。しかし、そこを理解するためには、「形而上学」から『易経』繋辞伝の意味を連想して、自然現象を超えたものか、と理解しなければならないので、儒教が一般常識ではなくなったのだから、もう「超自然学」とかに変えてほしいものですす。本書では、「自然の原理を度外視して考える学問」と「超訳」されている。
 私なぞは、「弁証法」というのが分るような分からないような理解だったので、問題提起(テーゼ)に対して問題の発生(アンチテーゼ)が生じ、その矛盾を解決する(アウフヘーベン)ことで、問題が克服(ジンテーゼ)される第三の道を創造する過程(弁証法)と解説されることで、やっと腑に落ちたように思える。
 「観念論」(=世界は頭の中でつくり上げたもの)に対する「実在論」(=意識とは別に存在するもの)とか、「認識論」(=人はどこまで知ることができるか)など、こういうのって、普通に哲学を勉強している大学院生に聞いても、分かりやすく教えてくれないものなんです。本人たちも分かってるか分からないか微妙な感じなのですが、変に勉強しているために、大掴みで教えてくれるのではなく、厳密に話そうとするので、かえって混乱してしまう。一般にある哲学事典も結局は初学者のためではなく、同業者に読んでもらうためのものだから、突っ込まれないようにわかりにくく書いてある。そうすると本書のように、あくまで普通の人が「使える」事典は哲学に興味はあるけど、入りにくい私のような者には大変助かります。

評価 ☆☆☆☆


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2016年2月10日 (水)

マーティン・コーエン『哲学101問』(ちくま学芸文庫、2008年)

点検読書122

訳者は、矢橋明郎。


哲学


論理学や倫理、時間、宗教の問題など、哲学者たちが考えてきた諸問題を物語風の101問で読ませて、答えを与えられるのではなく、自分で考えるという哲学的思考の初歩を教えてくれる一方で、現代的哲学の見地からのこれらの問題への考え方と用語集を併載した哲学読み物。


三部構成
1:哲学するための101の物語。

2:101の物語に対する考えるヒントとしての著者の考え方。

3:本書に登場する哲学概念・人物の用語集。

コメント
 こういうのが好きな人は、楽しいのだろうけど、自分には向かなかったな。

評価 ☆




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2016年1月 9日 (土)

ランケ『政治問答 他一編』(岩波文庫、1941)

点検読書92

訳者は、相原信作。


政治思想


啓蒙思想でも反動思想でもない実証的な歴史学の手法で、国家の本質をつかみ、それを踏まえた政治を考える。


本書は「政治問答」(1838年、5~58頁)と「歴史と政治との類似及び相違について」(1836年、59~83頁)が収録されている。前者は六部に区分できる。
1:「中庸」とは何を指すか。
2:理念・社会情勢が国家の性格を決めるということ。
3:普遍的な一般理論ではなく、個別の国家を歴史的・実証的に観察する必要があること。
4:国家は個性を持った実体として把握すべきこと。
5:国家と国民との関係。
6:国家と教会との関係。
後者は、歴史によって把握された国家の性格に基づいて政治を行う必要について。

メモ
歴史とは(67頁)
「我々は、歴史の職分は事実の集積やその聯絡によりもむしろ其理解に向けられてゐるものなることを主張する。歴史は或人の云ふやうに記憶にのみ関係するものでは無く、何よりも先づ理解力の鋭さを要求するのである。」

歴史の目指すもの(67~68頁)
「事件の原因と前提とを、次に又其帰結と結果とを観察し、人間の諸計画をば、或人々を没落に導く邪路と他の人々を勝利せしめる賢明さを併せて詳しく識別し、何故に一人は頭を擡げ他の一人は敗れるか。如何にして諸国家は或は強大と成り或は解体するかを認識すること。一言で云へば、諸事象の隠れた原因を其等の表面に現れた明らかなる形態と同じやうに徹底的に把握することが残ってゐるのである。何故なら実にこれこそ歴史の目的であり、歴史なるものの目指すところは何よりも先づ此処にあるからである。」

歴史と政治(75頁)
「歴史の職分は国家の本質をば前時代の諸事象の系列から説明し理解させることであり、これに対して政治の職分は、かくして得られた理解と認識とに基づき国家本質の一層の発展、完成に尽すことである。過去の知識は現在への理解無くしては不完全であり、現在への理解は過去の諸時代に就ての知識無くしては有り得ないのである。」

啓蒙哲学批判(80~81頁)
「蓋し前世紀の哲学者達の誤謬は、思考によつて一つの普遍的教義を案出し、すべての国家が其れに依つて統治されなければならぬと考へたことであつた。個々のものを認識するに必要な研究の粘り強い操作は彼等に依つて回避された。彼等は否定すべくも無く久しい間多数の国家を蝕み来つた公共的諸問題の腐敗堕落を憎む余り、すべてを一個の空想的最良国家形態の輪郭通りに改造しなければならぬと思い込み、千差万別の各民族に対して全然同一の法を押しつけ唯一共通の国家形態を提議したのである。そして凡そ出来る事なら如何なることでも手当り次第に試みたのであるが、就中彼等が最も高貴な、第一に為さるべき仕事と考へたのは、古来より連綿として存立せる諸制度を動揺させ引き続き絶滅させることであつた。彼等の予言に従へば、実に其処からこそ普遍的幸福の端緒が得らるべきであり、若し可能ならば黄金時代の復活も其処から起るであらうと云ふのであつた。しかし乍ら其後間も無く彼等は、人間社会の成立に役立つた原本的基礎的な諸要素を動揺させ分裂不和の中に投げ入れる所行は処罰無しには済まないものであることを身に体して分つた。彼等は、それぞれの国家には、暴力や暴力沙汰によつて後退せしめられることはあつても決して容易には全く絶滅廃棄され得ないやうな各自独特の特殊性格なるものがあることを教へられた。そして最後に彼等は、彼等自身の嘗めた数々の辛酸を通じて、外ならぬ彼等自身の煽動に依つて蜂起した最下等人達の所有欲と権勢欲とが一体どんなものであるかを悟らしめられたのであつた。さればこそ此等の空想的哲学者たちは、空気を清掃した功はあるとは云へ、同時に測るべからざる災禍を人類の上にもたらし、今日も尚スペインに於ける如く国家に害毒を流しつづけてゐるのである。」


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2015年12月19日 (土)

ド・ラ・メトリ『人間機械論』(岩波文庫、1932)

点検読書74

訳者は杉捷夫。

①哲学――フランス

②人間には肉体に魂が宿っているという二元論は誤りであり、生理学の知見によれば、人間の精神は脳の働きによる想像力の発動であることが確かである。

③唯物論と唯心論、経験と観察におる人間の研究における人間機械論の検討、動物と人間との比較、欲望と声音によって表すことで感情が生まれ、精神が形成されたということ、脳内の想像を司る機能が魂である、道徳は自己の恐怖感の表れにすぎない、感覚が体に変化を促すことで感情が生じる、これらの検討により人間は機械と言える。


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2015年12月14日 (月)

小川仁志『自分のアタマで「深く考える」技術』(PHP文庫、2014)

点検読書70

①学習法

②情報を広く浅く受け取り発信する媒体となるのではなく、本質を捉え、多角的に見て考える技術を意識すれば、あらゆることの成果が上がる。

③物事の前後の位置づけを考える、別の視角から考え直してみる、勘定・感覚を惑わせる種族のイドラ、自分に都合の良いように考える洞窟のイドラ、人の話を鵜呑みにする市場のイドラ、権威ある人の人のう経理をする劇場のイドラといった先入観に注意して、物事の本質をつかむように努力すること、物事に自分で新しいものを何か付け加える考え方をしてみる、思考の限界が来た時の対処法。

2015年11月 7日 (土)

竹内薫・竹内さなみ『シュレディンガーの哲学する猫』(中公文庫、2008)

点検読書34

①哲学史

②哲学とは、文系と理系とを越境する知の営みである。

③ウィトゲンシュタイン、サルトル、ニーチェ/ソクラテス、カーソン、サン=テグジュペリ、ファイヤアーベント、廣松渉、フッサール、ハイデガー/小林秀雄、大森荘蔵

以下、本書で取り上げられた哲学用語

ウィトゲンシュタイン
言語ゲーム:言葉に真の意味などなく、あるのは使われ方である。意味を与えるのは使っている人間である。

サルトル
プロジェ(投企):自分で自分の将来を投げかけること。つまり、人に命令されたり、流されたりするのではなく、自分のことは自分で決める。
アンガジュマン:積極的な参加。その参加は全人類に影響を及ぼす。 例:結婚 一夫一婦制の支持者を二人増やすことで全人類に影響。

ニーチェ
「永劫回帰」:寸分違わず同じ人生を何度も繰り返す。
        →実存主義への影響
         同じ後悔を永久に繰り返すなら、自分の決断で生きた方が気分が良い(?)

ソクラテス
「不知の知」:自分がいかに知らないか、ということを直視できる人の方が、結局は智慧がある。
        →分かったふりをするより、分からないことを自覚して学んだ方が良い。

サン=テグジュペリ
「存在論」=「形而上学」:モノの存在について考えること。
「認識論」:存在するものを人間がどうやって見たり、聞いたりして理解するかについて考える。
「倫理学」:人はいかに生きるべきか。
→『星の王子さま』は形而上学と倫理学の書。

フッサール
「現象」:「真の存在」に対する「見かけ」(=意識に写ったもの)
     現象学とは人間が意識を向ける方法について考えること。

ハイデガー
ニーチェの「存在」論
ソクラテス以前の「存在」:なること、つくられつつあるもの=ディオニュソス的精神(動態)
ソクラテス以後の「存在」:既につくられてそこにあるもの=アポロン的精神(静態)
「現存在」=人間:存在とは、今まさにある人間の視点からあるもの。
           人間とは「存在」と設定している「現場」である。
「時間」:本来性  将来の確実の死を常に意識し、過去を反復した時間を生きる。
     非本来性 死から目を背け、過去を忘却し、目の前にあるものだけに関わる。
            →何も考えていない状態。

カント
人間の認識
感性(sensitivity):感覚器官による情報。
悟性(understanding):情報の理解。
理性(reason):悟性を統括。


2015年10月26日 (月)

マイケル・サンデル『公共哲学』(ちくま学芸文庫、2011)

点検読書22

訳者は鬼澤忍。副題は「政治における道徳を考える」

①哲学――公共哲学

②現代の法律的・政治的議論の中に哲学を見出すと同時に、道徳哲学や政治哲学を現代の諸問題に結びつける試み。

③三部構成となっている。第一部は1980年代から2000年代にわたる政治的議論を題材にアメリカの市民的伝統を探る一連の論文。第二部は経済格差、妊娠中絶などの社会問題について。第三部はリベラリズム、コミュニタリアニズムの理論的解説。

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