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国際政治

2016年10月 3日 (月)

渡辺将人『アメリカ政治の壁』

点検読書237

副題は「利益と理念の狭間で」
岩波新書(2016年8月30日)刊


アメリカ――政治学


泡沫候補と見られていたドナルド・トランプ氏の大統領選挙での本選挙出馬に見られるように、アメリカ政治は混迷の度を深めている。その原因は、冷戦終結後の民主・共和両党の政策スタンス、理念の転換により、支持層が錯綜し始めたからである。本書は、その源流にまで立ち返って、現在の大統領選に至るまでの、トランプ氏の台頭とサンダース氏の健闘という新しい流れを位置づける。


4部構成

1:2016年のアメリカ大統領選挙の諸相(Ⅰ)

2:雇用・宗教による民主・共和の支持層の分裂(Ⅱ)

3:外交と世代交代(Ⅲ)

4:リベラルの系譜(Ⅳ)

コメント
 現在アメリカの源流は、フランクリン・ローズヴェルト政権にあったといえます。
 ローズヴェルトは、失業者の救済、経済の復興、改革を三つの柱としたニューディール政策を掲げ、従来の民主党の支持者であった南部白人、カトリック信徒に加え、都市の移民、労働者層、アフリカ系の人々にまで支持を拡大しました。本書が、依拠するアメリカ政治を専門としていた砂田一郎によると、ローズヴェルト政権は、「理念」ではなく「利益」で大多数の支持層をつなぎとめていたということです。

 こうした路線は、リンドン・ジョンソン政権の「偉大な世界」という福祉制度の充実にまで続いていくわけですが、同時期のベトナム戦争への反対運動や黒人差別の撤廃を訴えた公民権運動、またフェミニズム運動への対応により変化します。民主党は支持層を反戦運動家やアフリカ系、フェミニストへと拡大の手を伸ばそうとしたのですが、これがかえって従来の支持層であった南部白人、カトリック教徒、そして一部の労働者層の離反を招くことになります。

 アフリカ系有権者の拡大のために、これまで差別に手を染めていた南部白人層が民主党から離れて、共和党へと移行するのは分かりやすいです。では、労働者層は、というと、一部の労働者は軍需産業に職を得ている人がいるのです。そうすると反戦による戦争の縮小は、彼らの職を奪うことになります。ベトナム戦争の性質そのものや外交の手段としての戦争をするかしないかには、議論があります。現に戦争を取りやめたのは、共和党のニクソン政権でした。しかし、原理的な反戦平和主義を取り入れると、防衛予算の縮小による軍需産業の低迷を招くことになりかねませんので、彼らにとって不利となります。ですから、戦争への支持・不支持そのものよりも反戦平和主義へとウィングを拡げることが、一部の労働者層には不満があるのです。そうした理由か、例えば民主党のクリントン政権などで定期的に空爆など小規模戦争をしたのも、労働者層の支持をつなぎとめるためとも言えるかもしれません。しかし、オバマ政権になると、そうした「利益」政治よりも平和主義という「理念」を優先して、できる限りの戦争を避ける外交政策をとったために、労働者層からの離反があったと言えるでしょう。これが、サンダース氏やトランプ氏に期待が集まった理由の一つかもしれません。これを見ても、アメリカが戦争経済にどっぷり浸かってしまっているといえるでしょう。

 では、カトリックの離反はと言うと、フェミニズム運動の課題の一つに、中絶の権利の獲得がありました。カトリックとしては、これを容認するわけにはいかないという事情がありました。カトリックは、平和、貧困、公民権などではリベラル勢力に協力できました。しかし、彼らは、避妊も認めない立場であるし、お腹にできた子供はその瞬間から「生命」と考えていますので、それを「殺害」する中絶は容認できません。

 本書を読んで勉強になったのは、人工中絶反対が、何故こんなにもアメリカで大きな問題になるかというと、単に宗教問題ではなく、モラルの問題でもある、ということなのだそうです。つまり、中絶問題は、貧困や強姦などの事件や母体の安全などを理由とする望まない妊娠への措置ではなく、急進的なフェミニズムの側(プロチョイス派)の「性を楽しむ権利」の是非に関わってくるということです。病気というリスクを考えなければ、性交渉において、リスクを負うのは女性となります。妊娠期間は、辛いし、生むのも痛いし、産んだ時にその相手の男はいなくなっているかもしれません。そうしたリスクを軽減するためにも、中絶を罪ではない、という考え方を広めるためにも、中絶は法的に認められなければならない。こういう主張です。そうすると、性の快楽のために、生れた生命を弄ぶということで、普通の人にも中絶反対の訴求力があるというのです。正直な急進派が、中間派を反対に追いやって改革を邪魔する好例がここにあるわけです。

 あともう一点、興味深かったのは、マイケル・ムーア監督の『ボーリング・フォー・コロンバイン』や『シッコ』に見られる諸外国との比較という手法をアメリカ人は受け入れない、ということです。我々日本人は、「○○では~」と諸外国の例を取り上げて、日本の「遅れ」や「異常性」を訴えることで、改革への支持を獲得しようとします。しかし、アメリカ人は、外国を例に挙げられてアメリカン・ウェイを批判するという手法を嫌がります。あくまで「アメリカのために良いこと」という方法で説得しなければならず、「○○並に」というような主張は禁句だそうです。やはりアメリカ人は世界の中心なのです。

 これらにとどまらず、現在のアメリカは民主・共和の両党の支持層が錯綜した困難にあるというのが本書のメッセージです。その点で、右派的なイデオロギーの「理念」を掲げつつも、左派的な「利益」政治を主張するトランプ氏は、彼がかつての民主党員であったという経歴からも、新しいのではなく、過去のアメリカが我々の前に現われている、と言えるでしょう。そうした意味でも、今回のアメリカ大統領選挙を見守るのに良い手引になる本だと思います。

評価 ☆☆

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2016年5月 2日 (月)

船橋洋一『21世紀 地政学入門』

点検読書183

文春新書(2016年)刊。


国際政治


米国の衰退により、地政学的リスクが高まっている。本書で言う地政学的リスクとは、地理や歴史のような変えようのない要素、さらには民族と宗教のような変え難い要素が、国の戦略や外交に大きな影響を及ぼし、それが国家間の摩擦をもたらすようなリスクである。現在の日本の周辺では、北朝鮮の崩壊リスクが高まり、中国は海への戦略的意志を明確にするようになってきている。日本という国の位置は、アジア太平洋地域で覇権国ならんとする国に対して、抑えこむか友好国になるかすることで、多大な戦略的価値を持っている。そのためにも、国際政治の舞台で、単なるコマとなるかプレイヤーとなるかは、地政学的直観力が必要とされる。


五部構成

1:ロシア・朝鮮半島・アラビア半島の地政学的リスク(第1章)

2:国際経済におけるリスク(第2章)

3:中国というリスク(第3章)

4:アメリカの対中戦略(第4章)

5:日本の政治(第5・6章)

コメント
 中国というやっかいな隣国といかに付き合っていくか。これが本書の核となる内容です
 著者によれば、米国は衰退したとはいえ、日本にとってもっとも重要な国であることは変わりなく、さらなる同盟の深化をすすめつつ、中国の挑発には乗らずに抑止力を強化しなければならない、ということになります。前者の日米同盟のさらなる密接化は、集団的自衛権の行使容認やTPP締結など、現在の安倍政権の路線を意味するのでしょうが、問題は後者です
 後者の「中国の挑発」とは、靖国参拝を含む歴史問題です。中国が、歴史問題を外交問題として提示し始めたのは、80年代からで、その攻勢が強まりだしたのは90年代初頭から2000年代初頭の江沢民国家主席時代の中国でした。
 日本側としては、何度も繰り返される内政干渉や思想の自由を侵害するとも言える中国側の主張に反発が生じてしまい、歴史問題で修正主義的な主張をすること(「日本は侵略国家ではなかった」)や、靖国参拝をするということが対中強硬路線のあかしとなる政治的カードとなってしまいました。
 しかし、こうした中国の姿勢は、単に中国側の主張を押し付けたいということではなく、中国の主張に反発を引き起こして日本が孤立化することまで予想に入れた戦略であることを忘れるな、と著者は述べます。つまり、日本は、東京裁判の判決結果を含むサンフランシスコ講和条約、「敗戦国」であることを受けれたことを前提に国際社会に復帰しました。それにも関わらず、戦後の国際秩序の歴史観に挑戦することは、戦後秩序そのものへの挑戦である、と戦勝国たる米・英(ヨーロッパ)・露という大国に宣伝することを可能にします。それは必然的に、日本を孤立化させることになります
 日本が、中国や韓国のいいなりとなって「侵略国」であることを受け入れることは屈辱である、そうした気分はあると思いますし、それに反発した主張を掲げ、実行する政治行動は、気分がいいかもしれません。しかし、それは「現在」の日本が国際社会の中で存在感を示すのに、何の役に立つのでしょうか。場合によっては、中国・韓国の言いなりにならないことが国益である、という主張が、かえって国益を損ずることになりかねません。
 本書が述べていることは、そういうことです。もし真剣に日本が憲法を改正し、陸海軍を復活し、国連の常任理事国入りなど国際社会の中で一等国としての存在感を示したいならば、過去は切り捨てて、「侵略国」であることを明確に受け入れて、危険がないことをアピールするしかありません。過去に固執することは、日本民族としての誇りは保たれるものの、国際社会の中に存在する国家としての日本の存在感を低下させることになります。
 ここには、「真の国益」とは何か、という問題が表出します。過去に拘り、民族といての一体感を保持することで、国内的に同胞を思いやる平和な共同体としての日本を望むか、過去の日本は現在の日本とは異なることを受け入れ、新国家・日本として「現在」の国際社会の中で活躍する名誉ある地位を得るか。どちらを得るかということかと思います。
 おそらく日本の誇りを大事にして軍事的な独立・強化を目指したい人々は、その両方を望むのでしょうが、それはどうやら難しいようです。もし、可能ならば、20世紀初頭の「侵略国」であったことを受け入れた上で、徐々に過去の日本の言い分を聞き入れてもらうようにするしかないでしょう。つまり、国際社会の中で平和的な軍事活用に積極的に参加して信頼感を増していった上で、当時の日本の立場や他の諸外国の行動の妥当性について理解を求めていくしかないのです
 本書が述べていることは、そうしたことかと思います。歴史問題や靖国にこだわることは、中国の巧みな戦略の手のひらで踊っているだけである。歴史修正主義的な対中強硬派の人たちは主観的には中国と戦っているつもりでも、中国政府からすれば、お手軽な援軍だと思っているのだと自覚する必要があります
 安倍首相の一回限りの靖国参拝は、国内の強固な支持を与えてくれる保守層への最後のファンサービスと考えるべきですし、慰安婦問題の解決や過去の加害の責任を認めた戦後七十年談話とは中国の挑発に乗らずに、国際社会の中での大国化を目指した宣言であると言えるでしょう。その点で、安倍首相は感情的なナショナリストに見えて、冷徹なリアリストなのかもしれません。
 歴史観における戦後国際秩序への挑戦というのは、結果的には憲法第九条を守ることになります。憲法第九条がある限り、国連の常任理事国になることはできないでしょう。国連憲章第43条第1項と第45条に、国際平和や国際的強制行動の際には、安全保障理事会に兵力を提供するように求められています。「軍隊」を持たない国が、その責任者になるというのはありえません。自分たちは、兵力を出さないのに、軍事行動を行える決定権を持つというのは虫のいい話でしょう。左派はそもそもどのような国際紛争にも関わらない、というのが主張ですから、国連の常任理事国入りには興味がありません。そもそも憲法第九条があるのなら、軍事同盟たる国連などに参加すべきではないのかもしれません。このように考えると、右派と左派は、お互いに助けあって、日本の「戦後レジーム」を維持するのに寄与しているといえます
 国家の独立とその名誉を第一と考える保守派にとっては、民族的な純粋性にこだわって現状維持か孤立化を選ぶか、過去は過去として受け入れて「現在」の日本の大国化を選ぶかか、そうした選択の時がきているのでしょう

評価 ☆☆☆

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2016年3月14日 (月)

小室直樹『世紀末・戦争の構造』(徳間文庫、1997年)

点検読書148

副題は「国際法知らずの日本人へ」。


評論


国民一人ひとりが、国際政治、国際法、国際関係を理解するためには、近代的戦争、国際政治、国際法を生んだキリスト教の根源に遡らなければならない。また、近代ヨーロッパは、イスラム世界との対決を媒介にして生まれたので、イスラム抜きに近代を体得することはできない。こうした宗教社会学的理解を踏まえた上で、戦争の意味の変遷と国際政治、国際法の展開を概説する。


六部構成
1:近代の基礎をつくったキリスト教の歴史。

2:イスラム教の歴史(なぜ近代を生み出せなかったか)。

3:国際法の確立(ヨーロッパにおける絶対主義の確立)。

4:湾岸戦争で戦争の概念が変わった。

5:国際法を理解できない日本人。

6:アメリカン・デモクラシーでは湾岸戦争を正当化できない。

コメント
 湾岸戦争で国際政治のルールが変わった。
 これが本書の主張である。それはどういった意味か。
 かつての国際政治とは、列強政治であった。ナポレオン戦争後のウィーン会議は、ナポレオンを打倒したイギリス、オーストリア、ロシア、プロイセンと敵国であったフランス、これら五大国にのみ発言権があった。ナポレオン戦争において重要な役割を果たしたスペイン、ポーランド、イタリア諸国は何ら口出しできなかったのである。ヨーロッパの秩序を決定したウィーン体制自体は、フランス二月革命(1848年)において終焉を迎え、ナショナリズムの時代が来たものの、列強政治は終わらなかった。そのナショナリズムの実現=独立国家の確立も列強の協力や承認なしには不可能であった。その例として、フランスの協力を得て、オーストリア軍を撃退して独立を果たしたイタリアがある。また、プロイセンの帝国化も巧みな外交によって、列強の干渉を受けずに、戦争を遂行できたことにあった。
 こうした列強政治は、日本とアメリカの登場によって、ヨーロッパだけではなく、全世界大に広がったものの、基本は変わらなかった。こうした列強政治をやめるための国際連盟が設立されても変わらない。
 象徴的なのは、日本が起こした満洲事変への対応である。国際連盟に加盟する小国がいくら制裁を求めても、列強が日本と事を構える気がなかったので、何もできなかった。日本はむしろ国際連盟を脱退して列強との二国間交渉によって事態を解消しようとしたほどであった。また、第二次大戦の前哨戦たるミュンヘン会談もイギリス、ドイツ、フランス、イタリアの大国だけでチェコスロバキアの領土問題を決定した。1939年の独ソ不可侵条約におけるポーランドとバルト三国の運命も独ソという大国間の交渉によって決められた。
 第二次大戦後もこれと変わらない。むしろ新しく設立された国際連合は、常任理事国という大国の拒否権を認めている分、小国の発言権が強かった国際連盟よりも列強政治の制度化を意味していた。そして、冷戦が起きれば、多くのことは米ソの会談で決めることができた。
 それを変えてしまったのが湾岸戦争である。サダム・フセイン率いるイラクによるクェート進攻に対して、国連安保理で米ソが協力してイラクの即時撤退要求と武力行使容認決議を可決した。つまり、米ソのみならず国連加盟国の総意としてイラクに対する非難と制裁を決めたのである。しかし、イラクはクェートから撤退せず、湾岸戦争へと至った。これにより、列強の決定が国際政治を決めるという慣例は終わった。フセインの行動によって、国際政治は完全に転換したのである。しかも、湾岸戦争は、これまでのアメリカの戦争の正当化の論理=自由と民主主義を守る、という原則からも外れ、クェートの専制と差別を回復するための戦争としてアメリカンデモクラシーの正統性を傷つけてしまった。

 小室直樹というとソ連の崩壊を予言した人物として有名であるが、本書における湾岸戦争によって国際政治の原則は変わったという予言も全く的を射ていたものであったろう。その後の国際政治は、アメリカの正統性の低下とあいまって、まさに国際政治秩序の流動化であった。そして、現在においても北朝鮮への国連安保理での制裁決議が全会一致で決められても、金正恩国防委員長の行動を止めることはできていないのである。この淵源は湾岸戦争にあった、という指摘は、刊行当初読んだ時にはピンとこなかったが、二十年近くして読み返してみると、なるほどこういうことか、と膝を打った次第。小室直樹恐るべし。

評価 ☆☆☆☆


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2016年1月10日 (日)

曽村保信『地政学入門』(中公新書、1984)

点検読書93

副題は「外交戦略の政治学」。


政治学――国際関係


地政学とは、地球全体を常に一つの単位としてみて、その動向をリアル・タイムにつかむ動態力学的な見地から、現在の政策に必要な判断の材料を引き出そうとする学問である。


五部構成。
1:総論としての地政学の基本的考え方。
2:マッキンダーの紹介。
3:ハウスホーファーの紹介。
4:アメリカの地政学としてのマハンの紹介。
5:ソ連の世界戦略の展望。


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2015年11月25日 (水)

村山秀太郎『中学生から大人までよくわかる 中東の世界史』(新人物文庫、2011)

点検読書51

①歴史――中東

②世界的宗教たるユダヤ教、キリスト教、イスラーム教を生んだ中東の歴史を理解すれば、同時に世界の歴史が見えてくる。

③『創世記』のアダムとイブからイエスの聖書の時代、ローマ帝国とディアスポラ、オスマントルコの崩壊、ヨーロッパにおけるユダヤ人の歴史、イスラエルの歴史、第二次大戦後のイスラーム諸国の各国史、ネオコンとイラク戦争、オバマのイスラエル離れまで。


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2015年10月24日 (土)

「ミュンヘン」を忘れるな?

表題のミュンヘンとは、1938年9月29日のミュンヘン会談のことである。

この会議は、イギリスのネビル・チェンバレン首相、フランスのエドワルド・ダラディエ首相、イタリアのベニート・ムッソリーニ首相、ドイツのアドルフ・ヒトラー総統の四者が会談し、「チェコスロバキアのドイツ人居住区、ズデーテンラントのドイツへの割譲を認める」妥協案をヒトラーに提示し、ドイツとの戦争を避けた宥和政策の典型として知られる。

しかし、この「ミュンヘン」の教訓とは、いたずらな妥協策が現状打破国をつけあがらせ、その膨張主義的な志向を止められず、結局はより大きな災難=第二次世界大戦を生み出してしまった、とされる。

もし、この時、チェンバレンが強硬策に出たら、ヒトラーも引き下がらざるを得ず、そのヒトラーの弱腰がドイツ国内の軍部によるクーデターを誘ってヒトラー失脚というストーリーや、仮に戦争になっても1938年中にはドイツを屈服できたはず、つまり第二次世界大戦は起きなかったのだ、と指摘される。

このようなわけで、例えば、現在の中国に対する諸国家の対応について、ミュンヘンの例が持ちだされるということがあったりする(参照)。

しかし一方で、ジェイムズ・F・ダニガン&アルバート・A・ノーフィ『第二次世界大戦 あんな話こんな話』(大貫昇訳、文春文庫、1995)の中に「チェンバレンは名宰相か」というチェンバレン再評価を述べた箇所がある。

この著者たちが主張するところによれば、まず当時のドイツ軍と英仏連合軍の軍備比較をしなければならないという。

1938年末の軍備比較
ドイツ軍:65個師団~70個師団(地上軍)
      パンツァー機甲師団(5)、機械化師団(7)
      新鋭戦闘機2850機
連合軍:80個師団~85個師団(英7個、仏75個)
     軽装軍師団(3)、機械化師団(3)
     戦闘機2350機(英900機〔内、新鋭機は2~300機〕、仏1450機〔ほぼ旧式〕)

比率は地上軍 独:連合軍=1:1.12
     戦闘機 独:連合軍=1:0.8

以上のように比較すると、量で見ると英仏連合軍はドイツに引けをとらないのであるが、質で見れば、一目瞭然でドイツの方が優位にあり、勝ち目がなかったのである。

その上、ドイツが侵略の対象とするチェコスロバキアの軍は16個師団、戦闘機600機と一見したところ戦力になるものの、予備将校の5分の1がドイツ人(ズデーテンラント居住者)なので期待することはできない。また、周辺国でもポーランドはドイツ側に付く可能性があり(不可侵条約締結済み)、ソ連のスターリンはドイツと事を構えたくなかった。そして、チェンバレンがミュンヘン会談前に各司令官に諮問したところ、ドイツ空軍を防ぐことができないと聞くに及んで、宥和政策を取らざるをえないと判断したのである。

しかし、翌1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドに侵攻するに至って、チェンバレンは最後通牒を提示、9月3日に宣戦布告して第二次世界大戦が始まった。

では、この時の戦力比はどうだったであろうか。

師団数 ドイツ80個師団  連合国90個師団
戦闘機 ドイツ3600機   連合国3700機(英1900機 仏1800機)

連合国軍の戦闘機は、英国ではハリケーンやスピリットファイヤーなど最新鋭機が数百機、仏国でも新鋭機が数百機配備されたという。

比率は地上軍 独:連合軍=1:1.16
     戦闘機 独:連合軍=1:1.31

以上のように、たった一年で英仏連合軍は飛躍的に軍備を増強して、ドイツ軍を凌駕していたのである。それを背景に満を持して、ドイツに宣戦布告できたといえるだろう。

このように見てみると、チェンバレンは、必ずしも弱腰だったわけではない。自己と相手の実力を冷静に計算した上で、その時々の判断をしたのである。だから、ミュンヘンの教訓を持ちだして、独裁国家、現状打破国家には無条件に強行手段を取らなければならない、と考えてはならない。あくまで実力の範囲内で、物事を判断しなければならない。そうした冷静な判断力を欠いてしまって、妥協しては相手に足元を見られる、強硬手段に出れば相手が押し黙る、と判断して失敗した国の子孫としては、そっちの方も忘れないでいて欲しいと考えてしまうのである。

点検読書20 エマニュエル・トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる日本人への警告』(文春新書、2015)

点検読書についてはこちら

①時事評論――ヨーロッパ

②EUはドイツおよびその背後に控える金融界に支配されつつある。彼らは各国に金を貸し出し、借金漬け(財政赤字)にさせた上で、財政の自由度を縛って緊縮財政を強制し、デフレを長期化させることで安い労働力を手に入れようとしている。これらが継続すれば、EU内の階層分化が進み、ドイツのヨーロッパ支配、さらにはそれを不満とする人々による不安定な状況から破滅に至る可能性がある。

③インタビュー記事の翻訳で構成され、ドイツのヨーロッパ支配の現状、ウクライナ問題、対抗勢力であるべきフランスの従属化、ドイツ金融化の権力、ドイツの特徴などが述べられている。時系列的には、新しいものから古いものへと戻って構成されている。

コメント
かなり陰謀論的な見方とも言えるが、VW問題や中国離れからのインド接近などモラルというものが欠けたドイツという国の一つの見方としては面白いものだろう。

また、日本についてのヒントで考えてみると、経済成長を促す「アベノミクス」への反対や、経済全体としては損が多い消費税増税が、なぜ財界も含めて賛成が多いかというと、単に財務省の御説明や権限へのおもねりではなく、景気が回復すると国債が売れなくなり価値が低下する、というのが大きな問題として出てくるからなんだろう。

というのも、景気が悪ければ、設備投資や株投資をするよりも国債を買うことになる。国債を売る側は、株のように企業分析の必要のない商品であるので、売るだけで良い。買う側も基本的には安全資産なので買いやすい。しかし、景気が良くなると、金の流れが国債よりも、設備投資をしたり、株投資に向ってしまう。

とすると、国債を横流しにするだけで儲けていた金融界にとって仕事が増えて面倒(人件費も増加する)だし、持っている側も国債価格が下がれば損をしてしまう。だとすれば、デフレ不況という状態を極端に悪くならない程度に維持し続けることがもっともよい選択肢となる。そして、景気を冷え込ませる上に、国債価格の維持にも繋がる消費税増税は、富裕な国債保有者にとっては願ったり叶ったりな政策になるのであろう。

トッドによれば、財政赤字の解消は、金を刷るか債務不履行しかない、どちらにしても損するのは富裕層だけだ、というのは、なるほど、こういう視点からすれば、その通りであるし、日本のような大国が債務不履行するわけにはいかないから、金を刷る、という政策を現政権は選んでいるとも言える。

しかし、フランスの左派知識人が提案するような政策を採用して、富裕層イジメをしているのに、アベノミクスは格差を拡大させて富裕層に有利な政策だ、という批判が未だにあるのだから驚く。多分、それだけメディアで発信する情報というものが、弱者よりに見せつつも実は富裕層に有利なように加工されているのが、日本の現状であるのだろう。

2015年10月19日 (月)

点検読書15 ジョセフ・S・ナイ・ジュニア『国際紛争〔原書第7版〕』(有斐閣、2009)

点検読書についてはこちら

田中明彦・村田晃嗣訳

①国際政治

②国際政治学の入門として、理論の検証においてヨーロッパ史の実例を考察することで、理論と実践のギャップを埋める。

③古代の国際政治の事例としてのペロポネソス戦争から19世紀のヨーロッパ、第一次世界大戦、第二次世界大戦、冷戦、現代のテロリズムの歴史を、リアリズム・リベラリズム・コンストラクティヴィズムの概念で説明する。


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