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経済評論

2017年2月17日 (金)

村上尚己『日本経済はなぜ最高の時代をむかえるのか?』

副題は「大新聞・テレビが明かさないマネーの真実19」
ダイヤモンド社(2017年)刊。

 出たばかりの日本経済の解説本です。

 著者によれば、経済とりわけ投資の情報として有用な為替予測は、中長期的には各国の金融政策に着目することが重要であるとしています。短期においては、各国の政治動向がショックを与えることがあっても、基本的には為替レートに影響をあたえることはないのです。
 ですから、トランプ政権が成立したことで、「リスク資産となったドルが売られて、安全資産である円が買われる」ことによって、円高ドル安になるという多くの経済メディアが予測していたことは、何ら根拠のあることではなく、冷静に日米双方の中央銀行のマネーの供給量で考えればよかったのです。
 こうした観点から著者は、次のように予測します。まず、アメリカ側は、トランプ大統領が公約として掲げた減税とインフラ投資といったインフレ率を押し上げる経済政策によって、すでに利上げを決定していたFRBが過剰なインフレを防ぐためにも利上げに踏み切る可能性が高くなりました。金利が上昇すると、その国の通貨が買われるので、アメリカの場合はドル高になります。さらに日本側の量的・質的な金融緩和政策の継続と相まって円安ドル高が進むとします。そして、景気回復期においては為替と株価は連動しますので、トランプ政権の経済政策がアメリカ議会に認められて実現し、FRBの利上げが3回以上となれば、日本においては1ドル=130円、日経平均23000円になるとしています

 この予測が当たるかどうかは、日米の政権が安定して自分たちの財政政策を継続・実現できること、中央銀行の金融政策が上記の通りに進むことが前提となります。もしこれらに変化があれば、著者の言うとおり、財政・金融政策から新たな判断をすればよいのです。

 本書は、こうした投資家目線での情報という点で有益ですが、副題にあるように「大新聞・テレビ」の経済メディアがなぜ間違えてしまい、またそれを垂れ流し続けるのか、という問題への指摘が興味深いです。

 著者によれば、著者のように投資家への直接的な利益に直結する情報提供を生業とするアナリストにおいては予測の精度というものが自身のキャリアアップやステータスに関わってきます。しかし、日本の経済メディアでは、予測の的中はそれほど重要ではなく、レポートの数を量産することで、質はそれほど大切ではないこと、また独立した経済評論家の場合、名前が売れることが大切なので、多くのメディアに登場するためにセンセーショナルな話題を提供した方がお呼びがかかりやすい。そのため、彼らの予測は当たりにくい、というよりも当てる気もない、ということになります。
 ですから、金融系のシンクタンクに所属している経済アナリストの予測は、読者に分かりやすく、親会社の意向に沿ったものであって、真剣に分析したものであるとは限らないということになります。
 また、読者は自分が読みたいものを読むという傾向にありますから、正確なものよりも、もっともらしく面白いものを選びます。そうすると予測の当たり外れとは、関係なく面白いものを書いたり喋ったりする人が、多くメディアに登場し、さらにメディアへの露出度がその人の「信用」を増加させることになるので、他のメディアも重宝がって使い、不確かな情報が氾濫することになってしまうのです。
 こうした日本における経済メディアのガラパゴス化は、日本において資産運用をする人口が少ないことに原因があるのかと思います。アベノミクスへの批判に、「株価が上がってだけで、一般庶民には何ら恩恵がない」というものがあります。この批判自体が間違っていますが、それ以前の問題として、「一般庶民」に資産運用をしている人が多ければ、株価が上がることそれ自体で、人々の富を直接増やすことになります。そうすれば、こうした批判自体への支持がなくなるわけですが、多く耳にするということは、一定の支持があるということでしょう。これは、「一般庶民」に株式保有者が少いことの裏返しです。ですから、経済評論でどれだけデタラメのことを言っても、自分のフトコロが痛まないので、正確なものよりも、耳心地の良いもの、面白いものを好んでしまいます。
 多くの「一般庶民」が株式などの投資資産を保有し。自らが経済政策の影響をダイレクトに受けるのだと理解すれば、間違った情報ではなく、確かな情報を選ぶようになって、ジャンクな情報を垂れ流すメディアやアナリストは淘汰されます。そのためにも、金融リテラシーを教育する必要があるのでしょう。
 本書は、そうした「ゴミ」情報を見分けるヒントを多く提供してくれています。

評価 ☆☆☆☆

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2016年4月21日 (木)

原田泰+東京財団『TPPでさらに強くなる日本』

点検読書176

PHP研究所(2013年4月)刊。


経済評論


TPP(Trans-Pacific Partnership:環太平洋連携協定)について、様々な反対論がある。農業の崩壊、医療・金融サービスの低下、ISDS条項のような「毒素条項」、アメリカ言いなりになる日本の交渉力への不安、経済的寄与の少なさ等々。本書は、これらについて、多くのものは杞憂であり、データを示して、TPPへの参加が日本をより豊かに成長させることになることを主張。


五部構成

1:農業、医療・金融サービス、海外労働者の移入、デフレの促進などTPPをめぐる議論の誤解を解く(第1章)。

2:ISDS条項を中心とした「毒素条項」の誤解を解く(第2章)。

3:農業へ与える影響。農業の構造改革の必要と適切な補填政策(第3章)。

4:歴史から振り返る日本の交渉力(第4章)。

5:TPPの経済効果の試算(第5章)。

コメント
 TPP反対論は2012年をピークにあまり聞かれなくなりました。おそらくもっとも強硬に反対していたのが、農業団体等の保守勢力であり、そうした団体が支持する自民党が政権を奪取し、その自民党政権がTPP参加に前向きとなったこと、しかも安倍政権が掲げるリフレ政策による円安効果で海外からの輸入品に関税以上の障壁をつくることに成功したことが理由になるのでしょう。本書が出たのは、反対論が収束しはじめたまさにその頃であったようです。
 本書に書かれているように、多くの反対論というのは、杞憂です。相手がいることなんですから、一方的に外国とりわけアメリカの言いなりになることはありません。
 労働者と専門業の流入は、日本語という外国人にとって困難な言語による障壁があります。
 食の安全に関しては、実は日本の殺虫剤の使用料は先進国の中では韓国に次いで高いぐらいであり、むしろTPPによって農作物を海外輸出する際に安全基準を満たさないとされるかもしれないと指摘されます(34頁)。
 ISDS条項(Investor-State Dispute Settlement:投資家・国家間の紛争解決手続)は、日本企業が外国人に濫訴されるようなものではなく、むしろ海外における日本の投資家を守るものです(第2章)。
 農業への打撃は事実であるが、それは国内における過大な規制によって生き残っているような農家が多く、むしろ構造改革が必要な分野であり、農家が損をして消費者が得をした分で補償して軟着陸させるべきです(第3章)。
 こうしたTPP誤解の基礎知識とともに、興味を持ったのは、さまざまな日本政府の政策ミスについて指摘しているところです。
 例えば、日本ではなぜ農地の規模拡大が進まないのか。本書によれば、次のような指摘をしています。

 アメリカの農場は一農場あたり約160ヘクタール程度であり、1930年代までの約60ヘクタールから40年かけて3倍にしていった。農地面積はほとんど変わっていないので、農場数が三分の一になった。つまり、農業から他の分野への人の移動があったということになる。それに対して、日本の平均農地面積は約1・8ヘクタールで、戦後すぐの約1ヘクタールから考えるとアメリカほどの変化がない。この原因は何かというと政府の政策のミスマッチである。つまり、零細農家でも生活できるように米の価格を引き上げる政策をした。だから、農地を拡大しなければ、農業を続けられないというインセンティヴを働かせなかったのである。その上、ときどき公共事業のために土地を買い上げるのであるが、その時の地価は通常地価の10倍ほどもする。そうであるならば、他人に貸していたのではいざという時に売ることができない。ならば、ほそぼそと自分で耕して売る時期を待った方が良い。このように日本の農業政策は、農家が自分の土地を活用するためではなく、資産運用の手段として保有させるように促していたということになる(86~90頁)。

 さらにもう一点。日米構造協議について。著者は、日米構造協議の結果として、日本は実はそんなに変わっていないと指摘する。あったとしても、宅地開発や土地利用の効率化など、日本の経済学者たちがもともと主張していたことであり、日本にとって利益のあるものであった。その中で日本の国益に損害を与えたところは、輸出の拡大は対米関係に緊張をもたらすので、輸出分野よりも公共分野に投資した方が良い、との考えを受け入れさせたことだという。つまり、GDPの10%を公共事業に配分し、10年間で総額430兆円という「公共投資基本計画」(1991~2000年)を策定し、さらいアメリカの要求もあって200兆円を積み増しした(「公共投資基本計画」〈1995~2004年〉)。これが現在の日本の財政赤字の原因の始まりと言って良いが、これも日本の保守政治家が不況対策に公共事業をやりたいとの思惑から取られたもので、国内事情から採用されたものだ、という。

 この後者の「公共投資基本計画」は、いわばアメリカの圧力と先ほどの農地利用とも絡む地方選出国会議員との合作です。一般に政治的傾向として、公共事業拡大を求める政治勢力は反米的で、公共事業を抑えて円安政策を採って輸出拡大を狙う政治勢力は親米的ととられるような気がします。例えば、後者の代表者は、小泉純一郎政権や安倍晋三政権の性質で、保守系の中のこれらの政権に批判的なグループが前者になります。
 この公共事業推進グループは、市場主義的な改革やTPP参加などはアメリカの陰謀などと主張するグループなのですが、どうしたことか。この公共事業推進の経緯から考えると、むしろ対米従属のための手段が公共事業拡大だったのではないですか。これはなかなか興味深いです。もし彼らが、反米のふりをしたアメリカのエージェントであったとしても、正直驚きません。今後は、彼らのことを見る時は、マユツバで見た方が良さそうです。
 かつて小室直樹は、アメリカは実は保護貿易で経済成長した国で、実は自由貿易は利益ではない、しかし、彼らが自由貿易こそが国益だと思っているなら、それに嫌々したポーズで乗っかろう、日本は自由貿易で得をする珍しい国だから、と言っていましたが、日米構造協議をみると、それは正しいような気がします(参照)。そうすると、TPP反対派というのは、分かりやすい既得権益者を除くと反米を標榜しつつ親米派なのかもしれません。私は、自分のことを親米派と考えていましたが、小泉・安倍政権には好意的ですし、TPPを含む自由貿易にも賛成の立場ですから、アメリカの国益には反しているのかもしれません。ま、市井の人間ですから、アメリカの国益のことなんて、考える必要はないのですが。

評価 ☆☆☆

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2016年4月11日 (月)

スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナー『ヤバい経済学[増補改訂版]』

点検読書167

東洋経済新報社(2007年)刊。
副題は「悪ガキ教授が世の裏側を探検する」。
訳者は、望月衛。


経済評論


ジャーナリストのダブナーが、若手経済学者のレヴィットとコンビを組んで、インセンティブについての学問である経済学を道具として、日々の出来事――麻薬の売人は儲かるのか、銃とプールとではどちらが危険か、犯罪発生率を下げた原因は何か、効果的な子育てとは何か、階層別による名前の付け方――への解答に挑戦する。


六部構成

1:制度的歪みが不正を誘引する(学力試験をインチキする先生と八百長力士)。

2:情報の非対称性(出会い系サイト、不動産屋、ク・クラックス・クラン)。

3:貧困の中の資本主義原則(ヤクの売人の収入格差)。

4:犯罪率が低下したのは何故か(中絶合法化とその影響)。

5:子育ての経済学(効果が認められる子育て・階層別の名前)。

6:増補版(コラム)。

コメント
 ずい分前に本書を題材にしたドキュメンタリー映画を見たのです。結構楽しい話なのかなと思いきや、途中の相撲界の八百長問題で、告発しようとした人物が次々と死亡し、それが「自殺」として処理されるという日本社会の闇を描いて背筋を凍らせるような作品でした。日本における「自殺」の多さは、捜査当局が犯人逮捕につながる証拠を発見できそうならば、「事件」、そうでないならば「自殺」として処理されるので、「自殺」の数が多く、「殺人」の件数が少ないのだ、というようなことを指摘していたような(近年の自殺数の低下は、経済的な要因が緩和されたからだと思いますが)。
 そうしたわけで、本書には関心を持っていたのですが、やっと読む機会があったということです。さきほどの相撲の八百長(七勝七敗の力士の八勝六敗の力士に対する勝率が八割と異常に高い)や犯罪と中絶合法化の関係などの解明の鮮やかさ、ク・クラックス・クランの組織率とリンチの多さに相関関係はなく、彼らはリンチをする団体というイメージを利用して政治的・経済的優位さを保とうとしていた集団に過ぎないことなどの指摘は興味深かったです。
 また、子育てという一般的に誰でも関心があり、誰でも発言できるがために、情報が拡散している分野についても、数字による相関関係を示すことで、「家に本がたくさんある」のは相関関係があるけれど、「ほとんど毎日親が本を読んでくれる」には意味がない、という意外であり悲しい結果が示されている。つまり、家に本があるというのは、親の知的水準が高く、本を買い置くスペースのある経済的余裕があるということで、「親がどんな人か」を表す指標、本を読んでくれるというのは、「親が何をするか」、という指標であまり意味がない、ということです。
 著者は次のように言います。

「親御さんが子育ての本を手にするころにはもうぜんぜん手遅れになっている。大事なことはずっと前に決まってしまっている――あなたがどんな人で、どんな人と結婚して、どんな人生を歩んできたか、そういうことだ。あなたが賢くてよく働いてよく勉強してお給料も高くて、同じぐらいよくできた人と結婚したなら、あなたのお子さんも成功する可能性が高いでしょう(そしてもちろん、正直で、思いやりがあって、子供を愛し、いろんなことに興味を持てる人であるのも決して邪魔にはならないでしょう)。でも、あなたが親として何をするかはあまり大事じゃない――大事なのは、あなたがどんな人かなのだ。そういう意味で、あれこれ手を出す親は、お金があれば選挙に勝てると思い込んでいる候補者みたいなものだ。本当は、そもそも有権者がその候補を嫌いだったら、世界中のお金があっても当選なんかできるわけないのに。」(210~211頁)

 つまりは、子供というのは両親のそれまでの素質・人生の結果であって、両親のリプレイを演じるだけなのだ、ということです。それは、何をしても無駄ということではなく、過大な期待はしてはいけない、ということです。子供が、ノーベル賞をとるような人やメジャーリーガーになるのは、宝くじに当たるようなもので、過大な期待をかけるというのは、大当たりが出た宝くじ売り場で行列に並ぶみたいなもので、苦労した分の報いはないよ、ということになります。
 近年、様々な研究が進めば進むほど、「遺伝」と言うものの影響の強さが明確になりつつあるというのは、平等観念からすると残念でなりません。しかし、そうしたことを理解して、子供への過大な負担をかけなくするということは、親にとっても子供にとっても幸せに生きる、という意味では重要なのかもしれません。もっとも、いわゆる大金持ちというのは、学校の成績においては「中の下ぐらい」という話を読んだことがありますので、自身を省みて学力に自身がなければ、別のスキルを磨けばいい、ということかもしれませんね。

評価 ☆☆☆

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2016年3月21日 (月)

松尾匡『この経済政策が民主主義を救う』

点検読書153

大月書店(2016年1月)刊。
副題は「安倍政権に勝てる対案」。


経済評論


安倍晋三首相は、特定秘密保護法、集団的自衛権の憲法解釈変更、安保法制などなど、次々と日本の戦後体制を大転換する政策を実現し、最終的には憲法改正を目論んでいる。これらの実現を可能にしているのは、首相が掲げる経済政策による支持率の高さである。それにもかかわらず、左派リベラルは有効な対案を示せぬばかりか、安倍政権の金融政策を批判するという世界基準の左派から見れば、倒錯した主張をしている。本来の左派は、中央銀行による大規模な金融緩和により生み出した資金によって社会保障を充実させる政策を打ち出すべきである。日本の左派リベラルが「アベノミクス」の金融政策を批判し続け、「アベノミクスの失敗」などと否定し続ける限り、安倍政権の思うつぼで、戦後体制からの転換は時間の問題である。


四部構成
1:政治の現状(第1・2章)。

2:左派リベラルが主張すべき経済政策(第3・4章)。

3:ケインズ経済学の登場と衰退、そして復活(第5章)。

4:「アベノミクス」の弱点(第6章)。

コメント
 本書を読んであらためて思うことは、安倍晋三首相の経済政策の支持者には左派リベラルが多かったんだな、ということ。

 2015年10月の消費増税延期の決定打を与えたポール・クルーグマン氏、グローバリズム批判で著名なジョセフ・スティグリッツ氏、貧困問題で左派のカリスマ的存在となっているアマルティア・セン氏、『21世紀の資本』がベストセラーとなったトマ・ピケティ氏、ヨーロッパにおける左派の退潮を憂える主張を繰り返しているエマニュエル・トッド氏、などなどが「アベノミクス」のとりわけ金融政策を支持しています。

 また、安倍首相がリフレ派経済学を学んだ『デフレの経済学』の著者で、安倍政権が最初に取り組んだ日銀総裁・副総裁人事で、最初に総裁候補とされ(参照)、副総裁となった岩田規久男氏は1981年に「原子力の帝国と辺境」という反原発論文を『思想の科学』11月号に寄稿していました。

 私が、安倍首相は本気だな、と改めて思ったのは、2015年3月に原田泰氏を日銀審議委員に据えた時でした。リフレ政策的には順当な人事でしたが、原田氏には、その約一年前の2014年5月に、歴史・靖国・領土問題で日本側の抑制を求める意見書を、首相のブレーンの一人浜田宏一氏らとともに提示し、翌6月に官邸に意見書を提言したものの受け取りを拒否されたという事件があったからです(参照 参照2)。

 安倍首相が、これらの問題で実はそれほどのこだわりを持たないのではないかということは、2013年末以降、靖国神社参拝をしていないこと、2015年の「戦後七十年談話」や慰安婦問題の日韓合意、日中関係改善などに意欲を示していることから分かります。しかし、2014年段階では、そうした動きは見せておらず、どちらかというと2014年7月の集団的自衛権行使の憲法解釈の閣議決定や翌年にかけての安保法制など強硬な姿勢が見られたように思えます。

 そうした中に浜田・原田氏らの提言であり、それを拒否したのですから、もし安倍首相がリフレ政策への信頼が強固でなかったとすれば、原田氏を日銀審議委員にすることはなかったでしょう。しかし、首相は原田氏を推薦し委員に据えたのでした。これは、安倍首相がリフレ政策に本気なのだ、と思えたのでした。

 その原田氏は、『日本国の原則』 などで経済的自由主義こそが日本を繁栄させ、民主主義を守るものだとして、見る人によっては市場原理主義者にも思えますが、『日本はなぜ貧しい人が多いのか』 などでは「バラマキの何が悪い」と財政政策の重要性を語り、『ベーシック・インカム 』 では20歳以上に月額7万円、20歳未満に月額3万円の基礎給付をするべきと提案しています(参照)。先の日中韓との関係改善提言と含めて、左派とは言えませんがリベラル派ではないかと言えると思います。

 このようにいくら反対派が安倍首相を極右の権化だと批判してみても、その経済政策は左派リベラルといえると思います。

 それを「アベノミクスはトリクルダウン」、「金持ち優遇」、「株価だけ上がって、庶民には何も恩恵がない」、「アベノミクス失敗」、「アベノミクスはアホノミクス」と見当違いの批判を繰り返して間違い続けるのが、日本の左派リベラルだ、と最左派のマルクス経済学者の著者が、最左翼の大月書店から出版した本で主張しているのです。

 本書で指摘されているように、安倍政権への反対派が、「アベノミクスは失敗」と言うたびに、現実における経済の回復傾向が、彼らを「オオカミ少年」と見られてしまい信用をなくす上に、かえって安倍首相の正当性や権威が高めてしまいます。それを防ぐ最後のチャンスが、2016年の参議院選挙であるというのが本書の主張です。

 そこで著者は、次のような提言をします。

 「アベノミクス」という用語を反対派は言うべきではない(積極的な金融政策が安倍首相の専売特許となりかねず、同様の政策を提示するのに安倍嫌いの人たちを躊躇させてしまう、ということでしょう)。

 金融政策については安倍首相よりもアグレッシブな姿勢で、中央銀行の独立性をなくし、ゼロから生み出した資金で社会保障の充実を行なう。

 安倍政権の経済政策の弱点は、財政支出の対象が公共事業に偏っており、少子高齢化で将来の介護需要が高まる中で需給バランスが崩れて失敗が目に見えている。つまり、本来、介護の方へ振り向けるべき人材が土木・建設業界に配置されてしまっており、介護需要が高まった時に供給が間に合わない。また、オリピック後の不況がきた際にも、建設業に振り分けられた人員のために財政支出が公共事業に向かってしまう。そうなると雇用対策のために不要なハコモノを作ることになり、必要な介護事業への財政支出ができなくなり、介護料が高騰し、必要な人が介護を受けることが出来なくなってしまう。

 消費税は、本来、生産品の需要を減らし、そこで働いていた労働者を税によって実現する事業へと振り向けるための税制である。現在は、完全雇用の状態にはまだなく、消費税増税は必要ない。

 「アベノミクス」の「第三の矢」と言われる規制緩和等の成長戦略は必要ない。少子高齢化で「天井」の経済成長、つまり潜在成長力の伸びは期待できない。設備投資をして生産性を拡大させる政策よりも、現状の生産能力をフル活動(完全雇用)できるよう促すことに集中して、労働者への分配を増やすようにすべきである。つまり、総需要を増やすことが第一で、総供給を拡大させる政策は必要ないし、完全雇用が実現したあとで良い、ということ。

 こうしたことを提言されています。「第三の矢」批判については、完全雇用が実現してからでよい、と言ってますが、それでは間に合わないから、常にやっておくべきこと、という浜田宏一氏や岩田規久男氏や田中秀臣氏らの考えに私は影響を受けていますから、賛成しかねるのですが、おおむね賛成です。もっとも、政治的な見方としては、ほとんど同意するところはないのですが…。

 上記した通り、著者にとって安倍政権の方向性は危険に満ちています。今年の参議院選挙が天王山となるはずなのですが、左派リベラルは、相も変わらず、金融政策批判と頼りになりません。最大野党の民主党(民進党)の岡田代表は、昨年、トマ・ピケティが来日した際も、彼らは「アベノミクス」批判を期待してたに過ぎず、真摯に学ぼうとする姿勢はありませんでしたし(参照)、今年もスティグリッツ氏に財政規律の必要性を説くなど逆方向に進んでいます(参照)。そればかりか、安倍首相は介護や子育て支援に力を入れること、同一労働同一賃金、最低賃金の年3%引き上げ、さらには消費増税の延期までも視野に入れた政策を練っているようです。

 今から野党の政策を変えるには、民進党の結党の際に代表を代えることでしょうが、どうやら岡田克也氏で突き進むようです。やはり遅きに失したというべきか。

 本書で述べられているように、2014年の都知事選挙で、民主党の推薦を受けた細川護熙氏が共産党・社民党の推薦を受けた宇都宮健児氏にすら得票数で敗れ、自民党・公明党推薦の舛添要一氏に敗北したというエピソードを振り返るべきです。

 本書によれば、宇都宮陣営の若者たちは、イデオロギー的には間逆であるはずの田母神俊雄候補と悩んだといいます。それは、宇都宮・田母神両氏ともに若者の雇用ということを熱心に説いたことが理由とされます。当選した舛添要一氏ももちろん福祉を熱心に訴えました。それに対して、細川氏は脱原発など人々の現実生活にはあまり縁のないことを重点政策としました。このことから考えると、細川氏や現在の民主党の支持者に見られるのは、高所得層の高齢者で戦後民主主義が好きな高度成長期逃げ切り世代だということです。

 つまり民主党は、シルバーデモクラシーと心中しようとしているのです。そこを反省して脱却しないかぎり、民主党=民進党の未来はないでしょう。今からでも遅くないので、本書を読んで左派リベラルらしい経済政策を学ぶべきです。そうすれば、より生産的な議論はできますし、二大政党制の定着が、政治に緊張感を取り戻させる最短の道でしょうから。

評価 ☆☆☆


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2016年3月10日 (木)

浜田宏一・安達誠司『世界が日本経済をうらやむ日』(幻冬舎、2015年)

点検読書145


経済学


アベノミクスによって、デフレ脱却の期待が高まり、経済成長の予兆が現れ始めた。しかし、現在に至るも、日本の正解、マスメディアでは、金融政策への無理解が残っており、安倍晋三首相が退陣すれば逆戻りしかねない。そのためにも、誤った経済観を持った政治家を選ばないように、わかりやすい解説でリフレ政策への理解を深めることが必要である。


五部構成
1:実質成長率を上げる金融政策と潜在成長率を拡大させる成長戦略との区別の重要性(第1章)。

2:円高・デフレの弊害について(第2・3章)。

3:財政再建は経済成長で行なうべき(第4章)。

4:金融政策の効果と経済学の論争史(第5・6章)。

5:マクロ経済と投資戦略(第7章)。

コメント
 今年は選挙の年である。もはや選挙戦は始まっていると言えなくもない。高市総務相の放送法発言に対するジャーナリストたちの反対声明、先の「保育園落ちたの私だ」を真っ先に取り上げたテレビ朝日系の情報番組。こういう政権の支持率に決定的ではないものの、ボディーブローのように効いてくる雰囲気作りというのは選挙の年らしい現象である。

 本書は、一年前に出版されたものであるが、もっとも分かりやすく、また確かな学識と事実に基づいたアベノミクスの最良の解説書といえる。本書の目的を端的に言えば、以下の発言になる。

「「経済を知る」ことは、「豊かに生きる」うえで非情に重要である。なぜなら経済に疎い国民は、経済を知らない政治家を選んでしまい、結果として国民の不幸につながるからだ。」(5頁)

 我々は、必ずしも経済政策を基準に投票をしてこなかった。2014年の総選挙には、多少はそうした意味がなかったわけではなかったが、世論調査で「安倍政権の経済政策を評価するか」という質問への肯定的な評価が意外と低いことを考えると、経済政策で投票しているのではなく、結局は政権への信任投票に過ぎないことが多いのである。その点で、本書は選挙の年にこそ、読んで欲しい著作である。

 私が、安倍政権が続いた方が良いと考えるのは、他の政治家に本書で語られるようなリフレ政策を支持する有力政治家が見当たらないからである。これは与野党を問わない。自民党を支持すれば、リフレ政策が続くというより、安倍政権が続くからリフレ政策が続くという状況であることに問題があるといえる。これを変えるには、このリフレ政策の正しい理解の広がりとその成功が続くことが国民と政治家の意識を変える一番の近道である。この路線が、しばらく続くうちは政治も経済も心配がなくなる。リフレ政策に懐疑的で財政規律主義者の石破茂氏や谷垣禎一氏が首相になることは避けたい。

 安倍首相は、官房副長官、官房長官、首相として長く政権の中枢にいて、日銀や財務省が遂行した政策よりもリフレ政策の方が適切であると気づいたことが、現在のアベノミクスにつながったという(76頁)。何よりも第一次政権における経済の停滞の原因が日銀の量的緩和中止にあると考え、恨みがあるというのが一番影響が強かったであろう(参照)。やはり実体験に基づく経験が大切なのだ。

 そうした点で、不可解なのは民主党の政治家たちである。彼らが政権にあった時の白川日銀こそもっとも経済のパフォーマンスが悪く、円高・デフレがひどい時期であった。それが、安倍政権における経済政策の転換で、それらが是正されたのなら、日銀に恨みを持ってもいいはずだし、反省材料としてその点を考えるべきだろう。それにもかかわらず、目の前の安倍政権を批判することにやっきになって、リフレ政策に関心を持たないというのはどういうことか。

 本書では、その点のヒントも与えてくれる。

「現在、私がもう一つ苦慮するのは、アメリカに留学した若い日本の経済学者たち、しかも優秀な人たちが、新しい古典派的な経済学に毒されて帰国し、「金融政策が効くはずはない」と考えていることである。/これは、新子古典派的な考え方を必要以上に忠実に吸収してしまったためであり、同時に彼らが優秀であるからこそ起きる錯誤だ。したがって、いったん毒されてしまった人と議論をしようと思うと、膨大なエネルギーが必要になるのだ。」(188頁)

 この「若い日本の経済学者たち」の「経済学者」を「政治家」や「官僚」、「メディア関係者」としてもいいだろう。とりわけ、官僚は政治家の供給源であるし、たいていのキャリア官僚はアメリカへ留学する。そして、民主党の政治家の多くは、こうした「優秀な人たち」なのである。それが、方向転換できない理由で、逆に安倍首相が転換できたのは、若い頃に勉強が嫌いだったし、『美しい国へ』を読めば分かるように、経済的豊かさ(経済学)にあまり関心がなかったことが幸いした面もある。また、本場のアメリカにおいて2008年のリーマンショック以降、経済学において認識が改まりつつあるにも関わらず、かつて学んだ経済学から「優秀な人」ほど頭を切り替えることができないのである。

本書での述べられているポイントをいくつか書き出してみる。

・潜在成長力(潜在GDP)に実質GDP成長率を近づける景気回復のための政策=金融・財政政策と潜在成長力を引き上げるための成長戦略=規制緩和などの構造改革は経済政策としての別物であること。

・変動相場制における財政支出はクラウディング・アウトを引き起こし、金利上昇圧力をかけ、それによる通貨高作用により、景気引き上げ効果は限定的になる(マンデル=フレミング・モデル)。

・デフレと人口減少はドイツの例を見れば分かるように関係がない。日本は人口増加率が-0.9%でインフレ率が-0.2%、ドイツも人口増加率は-0.2%だが、インフレ率は1.6%である。

・同様に中国発デフレ説は、日本以外がデフレになっていないことによって破綻している。

・デフレは、価格が下がるので一見良いものに思えるが、単に企業の値下げ競争であり、企業収益が下がることで、正社員を雇うより非正規社員を増やさざるを得ず、失業率を増やし、自殺者を増やす点で避けるべき状態である。

・消費増税は「増税」ではなく、「税率アップ」に過ぎず、景気を冷やして、かえって財政再建が遠のく。

・アベノミクスと円安は関係なく、ユーロ危機の一服が円安をもたらしたと主張する人もいるが、同様にユーロ危機時に通貨高であったスイスフランとの比較すると円安の勢いは一目瞭然で異なり、誤った主張であることは明らかである。

・アベノミクスはトリクルダウンではなく、株価上昇によって資産家を、失業率低下・雇用者報酬の上昇によって経済的弱者の両方に恩恵をもたらす。実感がないという意見が根強いのは中間層への影響がまだないことにある。

 だいたいのアベノミクスへの解説と誤解への反論は上記のとおりだが、リフレ政策と消費税増税は関係がないこと、これは強く主張して良いであろう。著者も消費税の延期を訴えていたが、今年の選挙のテーマはそれになるだろう。そうした考えの整理のためにも本書は一読の価値がいまだある。

評価 ☆☆☆☆


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2016年2月21日 (日)

原田泰『反資本主義の亡霊』(日経プレミアシリーズ、2015年)

点検読書129


評論――経済史


悪者扱いされる資本主義であるが、資本主義こそが、豊かさを実現し、格差を縮小し、平和や文化の向上に寄与してきた。様々な事例によって、反資本主義感情への反論を試みる。


五部構成
1:資本主義が実現した豊かさ。

2:資本主義が生み出す格差は、資本主義でしか解決できない。

3:資本主義で獲得する富よりも、略奪の方が容易に富を獲得できるなら、戦争が起きる。資本主義が戦争を起こすというより、資本主義の失敗が戦争を引き起こす。

4:資本主義は人々を豊かにする。しかし、利己的行動を肯定する資本主義は「うさんくささ」がつきまとい、それが反資本主義感情を醸成する。

5:資本主義が経済を不安定化するのは誤りであり、適切な経済政策がとられれば、経済成長は可能である。また、成長なくして、日本の福祉制度の未来は暗い。

コメント
 やはり本書も『日本国の原則』のアップトゥデートという感じですな。参照文献が、新しくなっているが、基本的骨格は同じ。自由市場こそが人々の豊かさを実現し、平和をもたらし、民主主義を補完する、というものです。反資本主義感情を持っている人ほど読んで欲しいが、まぁ、読まないんだろうな。

評価 ☆☆☆


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2016年1月29日 (金)

安倍リフレ政権成立のプロセス

 昨日、紹介した小野展克『黒田日銀 最後の賭け』より、まとめてみる。

 まず、安倍晋三首相がいつリフレ派になったのか。それは、首相再任後の2013年4月2日の衆議院予算委員会における渡辺喜美みんなの党代表の「リフレ派になったのはいつか」という質問に対する答えに表れている。

「(日本銀行が2006年)3月に量的緩和を解除した。……そのことがデフレからの脱却においては、足を引っ張っていたのは事実でございまして……」

 この発言によれば、日本銀行の金融政策の失敗が、長引くデフレ不況の原因であると理解するようになったから、リフレ派に関心を持ち始めた、と述べている。それを考えるにあたって、覚えておく必要があるのは、安倍首相の経歴と日銀の金融政策の変更の時期である。

2000年8月のゼロ金利解除:森喜朗内閣で官房副長官
2006年3月の量的緩和の解除:小泉純一郎内閣で官房長官
2007年2月の利上げ実施:安倍晋三内閣で首相

 このように日銀による重要な政策変更の時期に安倍首相は、首相官邸にいたのである。とりわけ、2006年の3月の量的緩和の解除に関しては、3月3日「3月解除は早い、慎重にやるべきだ」との政府高官の発言が新聞に流れたが、発言主は安倍官房長官だったという。その背景には、竹中平蔵総務大臣、中川秀直政調会長との意見交換を頻繁にしていたことになるようだが、「関係者によると、安倍は中川の主張に熱心に耳を傾けていたが、自分からあまり積極的に意見を述べず、「半信半疑の印象」だったという」。
 つまり、この時期は周囲にリフレ派がいて、意見は聞いていたものの、自分自身の確信には至っておらず、それが第一次安倍内閣時の利上げ実施に対する傍観的態度につながったというわけである。
 これが徐々に変わっていくのが、東日本大震災を経てからである。

 2011年3月の東日本大震災を受けて、増税によらない復興財源を提案する議員連盟を山本幸三衆議院議員が結成した。当初は、議連の会長に石破茂衆議院議員を据えようとしたが断られて、安倍を担ぎだした。山本は、安倍が日銀の金融政策の失敗を批判していたことを聞いていたからだという。
 安倍は、議連会長に就任したが、これをきっかけにリフレ政策に半信半疑だった考えが、変わっていったという。ちなみに、安倍が会長就任直後、すぐに財務官僚が「日銀が国債を20兆円も引き受けたら、長期金利が急騰するリスクがあります」と説明に来たという。財務官僚は、リフレ政策に懐疑的というよりも反対の立場にあったことを覚えておいた方が良いだろう。

 この議連の勉強会の講師には次のような人たちが呼ばれたという。

岩田規久男(学習院大学教授)
浜田宏一(イェール大学名誉教授)
伊藤隆敏(東京大学教授)
髙橋洋一(嘉悦大学教授)

 岩田は、90年代から日銀の金融政策を批判し、日本国内におけるリフレ派の中心人物で、後に日銀副総裁に就任する。浜田は、のちに内閣官房参与に就任する。伊藤は後で述べる原因によって安倍内閣には関わっていないものの、リフレ派というよりもインフレターゲットの主張者であった。髙橋は、第一次安倍内閣時に内閣に籍をおいていた人物であり、リフレ派で、かつ政界における「改革派」の知恵袋的存在である。安倍自身も勉強会で話を聞くだけではなく、岩田らの著作を読んでリフレ政策への理解を深めていったという。
 そして、この時期に山本幸三は安倍に進言した。
「もう一度、リフレ政策を掲げて首相の座を目指してほしい。国民はデフレ経済に苦しんでいます。憲法改正や教育問題ではなく、「経済の安倍」で行くべきです。」

 国会内における安倍のリフレ派への接近は以上のとおりだが、別の方面から安倍に影響を与えた人物がいる。それが、本田悦朗内閣官房参与である。
 安倍と本田の関係は次のとおりである。

1978年
 本田(大蔵省銀行局総務課)と安倍(神戸製鋼)は、知人の結婚式で出会った。二人は同年齢だった。

1991年
 在ソ連日本大使館二等書記官だった本田は、安倍晋太郎の秘書官だった安倍と新人議員の中川昭一がモスクワを訪れた際に通訳として交流を深めた。

2000年
 在ニューヨーク日本総領事館領事財務部部長となった本田は、同年8月のゼロ金利解除について、ニューヨーク連邦銀行のエコノミストに厳しく批判されたことで、金融政策の研究に着手した。その最中に、ニューヨークの書店で見つけたのが岩田規久男の『デフレの経済学』(2001年12月刊)だった。これにより、本題は日銀の金融緩和がデフレ脱却に効果があることを確信した。

2006年
 外務省欧州局審議官となった本田は、来日した欧洲首脳とのセッティングを行うようになり、首相の安倍と親しくなり、山梨県の河口湖畔の別荘が安倍と本田の妻の実家のものが近くということもあり、家族ぐるみの付き合いが始まった。

2012年
 3月、財務省を退職して静岡県立大学教授に転じることになった本田は安倍に挨拶に行き、「思い切った金融緩和がデフレ脱却に必要である」ことを話すと、安倍は「インフレ・ターゲットを設定して日銀が思い切った金融緩和をして、デフレ脱却しないといけない」と応答し、本田に更に詳しい説明を求めた。
 7月、本田が安倍に総裁選出馬を要請。安倍は断ったが、8月29日に森喜朗との会談で総裁選出馬を明言した。

 以上のように、安倍首相は、首相官邸にいた時から、リフレ派的意見を耳にしていたが、自分の課題は「戦後レジームからの脱却」であって、経済に関してはあまり熱意がなかった。それが、自身の失敗を振り返ったところで、日銀の金融政策の失敗を意識するようになり、山本幸三の誘いによって、リフレ派の議連の会長に就任した。ここで幸運だったのが、「政策通」という名の官僚の意見に耳を傾ける政治家である石破茂がこの会長職を断ったことである。ここで石破が、会長に就任していれば、石破がリフレ派に転じることは考えにくいので、リフレ派自体が日の目を見ることはなかっただろう。しかし、石破が断ったことが、リフレ政策にとっても安倍にとっても幸運であった。その上、リフレ政策に傾きつつあった安倍のもとに友人の本田が同様の政策を進言してきた。これによって、確信へと変わり、リフレ政策を掲げて、総裁選を勝ち抜き、総選挙で勝利して、首相に返り咲いたというわけである。

 で、次に日銀総裁の人事である。
 候補者は以下の通り。

武藤敏郎(元財務事務次官、大和総研理事長)
岩田一政(日本経済研究センター代表理事・理事長)
竹中平蔵(慶應義塾大学教授)
伊藤隆敏(東京大学教授)
岩田規久男(学習院大学教授)
黒田東彦(アジア開発銀行総裁)

 武藤は、小泉内閣時の財務次官で日銀副総裁を経験、その上、2008年の日銀総裁人事の際に自民党側の候補者として推薦されたが、民主党の反対によって断念した過去がある。岩田一政も日銀副総裁を経験し、2007年の利上げにただ一人反対した人物として、日銀の金融政策の転換が可能な人物と目されていた。竹中は小泉内閣時の閣僚で、先にみたようにリフレ政策に好意的であった。伊藤も先に述べたように、インフレ・ターゲット論者である。岩田規久男も先に述べたとおりで、安倍・本田をリフレ派に転向させるのに、もっとも影響があった著作の著者であり、また日銀の政策転換を内外に明らかにする象徴的存在として適任であった。黒田は、元財務省財務官で、以前から日銀の金融政策に批判的な人物であった。

 それぞれの支持基盤は次のとおりである。日銀、財務省、麻生太郎財相、甘利明経財相は武藤。菅義偉官房長官は岩田一政。竹中は麻生が難色を示し、伊藤は財務省に近すぎることで敬遠された。安倍の本命は、岩田規久男であったのだった。そして、この中で可能性が高かった武藤と岩田一政は、安倍が最も問題視した2006年3月の量的緩和解除に両者が日銀副総裁・理事として賛成していたことから、候補から外れた。
 では、岩田規久男で決まりかというとそうはいかず、問題は、安倍の金融政策が「為替操作」、「近隣窮乏化政策」との批判がドイツ・韓国から出始めて、それを説明できる国際性・実務能力が必要となった。そうなると学者である岩田には難しいとの判断が出始めた。そこで、2013年1月下旬、安倍は本田に黒田に探りを入れることを頼んだ。黒田に意欲を感じた本田は、安倍に報告し、黒田が総裁、岩田が副総裁候補となり、それが実現した。

 以上のようなプロセスと見ていくと、かなりの偶然が現在の状況を作ったといえる。安倍首相は、総裁選で石原伸晃幹事長の失言という僥倖によって勝利したが、それ以前に石破の復興増税反対議連の会長就任固辞という幸運がそれ以前にあったのである。まさにツイている人物といえる。そしてまた、リフレ派の源流は、どこか別にあるのであろうが、少なくとも現在のアベノミクスの源流というのは、安倍と本田に影響を与えた著作として、岩田規久男『デフレの経済学』にあるといえるのではないか。総裁選から首相就任直後の安倍首相の発言とこの著作の内容を確認してみると面白いかもしれない。


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2016年1月28日 (木)

小野展克『黒田日銀 最後の賭け』(文春新書、2015)

点検読書111


日本政治


アベノミクスの成否を握る「異次元緩和」の遂行者・黒田東彦日銀総裁。彼はどのようなプロセスで総裁に就任し、どのような人物か。またどのようなマネジメントで日銀を動かし、今後、どのような施策に出るのか。


五部構成
1:総論としてのデフレとインフレと中央銀行(第一章)。
2:黒田総裁決定のプロセス(第二章)。
3:黒田東彦の人物像(第三章)。
4:これまでの日銀の動き(第四章)。
5:黒田日銀の二年半(第五章)。


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2015年12月17日 (木)

原田泰『日本を救ったリフレ派経済学』(日経プレミアシリーズ、2014)

点検読書73

①経済評論

②金融政策によって物価を上昇させるリフレーション政策は、雇用条件を改善し、自殺者を減らすなど、好結果をもたらした。その一方で批判も根強く、その応答が必要である。またリフレ政策と同時に行うべき成長戦略も提示した。

③12年末からの安倍政権成立以後のリフレ政策の成果を述べた上で、金融政策の無効性を訴える日銀理論への批判、リフレ政策に対する8つの批判(因果関係の否定、賃金上昇がない、財政規律を破壊するなど)に対する反論、リフレ政策と同時に行なうべき規制緩和などの政策集。


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2015年12月16日 (水)

原田泰『ベーシック・インカム』(中公新書、2015)

点検読書72

副題は「国家は貧困問題を解決できるか」。

①経済評論

②日本の社会保障制度は、企業に肩代わりさせて成立していたが、非正規労働者の増加と企業の負担を軽減するためにも、社会保障は国家の役割との原則に戻るべきである。そのためにも、広く浅く生活保護をするベーシック・インカムを導入すべきであり、それは現行の社会保障費の組み換えで可能である。

③現代日本の貧困状態と社会保障の現状、ベーシック・インカムの思想的背景と対立軸、財政拡大せずにベーシック・インカムを導入する方法。

 薄い本ながらも内容が詰まっており、また具体的な政策提言として飲み込めるような内容となっている。

 著者の問題意識として、上記のとおりであるが、問題は日本の社会保障制度の他の国と比べての歪みである。例えば、公的扶助における対日本の国際比較をすれば、英・独・仏は日本より2~3割増し、アメリカすらも2割増しである。そして、公的扶助の対GDP比率で見てみると、英4.1%、仏2.0%、独2.0%、米3.7%、日本0.3%と日本は格段と低い。さらに公的扶助の総人口比率でみると、英15.9%、仏2.3%、独5.2%、米10%、日本0.7%と公的扶助を受けている人が日本では少ない。

 格差社会と言われる英米アングロサクソン国の意外な公的扶助の充実ぶりが目を見張るが、何よりも日本の異常さである。たしかにこれだけ公的扶助を受ける人が少ないとなると、保護世帯は「異常」であり、保護を受けることは社会的刻印(スティグマ)を受けることになってしまい、入りにくい入り口となっている最大の要因であろう。

 その一方で、よく一般労働者よりも豊かな生活をする生活保護者が取り上げられて槍玉に挙げられるのはどういうことか。これは、日本では公的扶助を受ける人が極端に少ない一方で、一人あたりの公的扶助の給付額が主要国の中で際立って高いことが指摘されている。そのおかげで生活保護水準以下の生活をしている人が13%もいるのである。これなら、生活保護の実態が報道されるたびに批判が起きて、またそうした世間の目があることで、生活保護を受けたくても受けられない人が出てくるのもうなずけるというものである。そこで著者は、給付水準を引き下げて、生活保護を受ける人の割合を増やすべきことを提言する。

 この扶助を受ける人の割合を増やすべきという提言は、日本の貧困率にも関わってくる。日本の貧困率は、税引き・社会保障給付後の可処分所得で見るとOECD14カ国中アメリカ次いで2位である(2000年)。しかし一方で税・社会保障費控除前かつ社会保障給付前の市場所得は、北欧・オランダ・カナダに次いで6位になるのである。つまり、給与所得そのものでみれば考えると日本の貧困率は低いものの、児童手当・失業給付・生活保護の支給額が低いため、貧困率が高くなってしまうんだという。

 ではどうするか。こうした歪な社会保障制度を是正する一つの提案として、ベーシック・インカムがあるのである。著者によれば、現行の社会保障費やその他の中小企業対策費や農業予算などを組み替えれば、20歳以上人口1億492万人に月7万円(年84万円)、20未満人口の2260万人に月3万円(年36万円)の支給が可能だというのである(総額96.3兆円)。

 本書によれば、現行の生活保護費は、夫婦・子二人の場合、都市部は28.7万円(生活扶助22.7万円、住宅扶助4.7万円、教育扶助1.3万円)で、町村部は20.9万円(17.7万円、1.9万円、1.3万円)だそうだ。さきほどのベーシック・インカムで計算すると夫婦で14万(7万×2)、子供6万(3万×2)で20万円となる。町村部に少し足らないぐらいであるが、都市部に住むのを諦めれば、現行の無収入世帯でも、医療費さえなんとかなれば、やっていけそうである。

 本書で主張するところは、煎じ詰めれば多様な生き方を容認する自由社会はいかにして可能か、ということである。ベーシック・インカムは、多く稼いでいる人も、全く働かない人も同じ支給をすることに特徴がある。多く稼ぎたい人は稼げばいいし、あくせく働くよりも慎ましく生きていた方が楽だという人の行き方も認められる。そして、誰もが扶助の対象になっているので、受給していたとしても差別はない。これはこれでありなのかもしれない。また、労働ではなく、金融投資によって所得を得ていく経済構造へと転換していくという方向性があるなら、これは一つの解決策かもしれない。


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