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韓国・朝鮮

2016年9月 9日 (金)

ジョージ・アキタ他『「日本の朝鮮統治」を検証する 1910-1945』

点検読書232

共著者は、ブランドン・パーマー。
訳者は、塩谷鉱。
草思社(2013年8月28日)刊。


日本史――韓国・朝鮮


「世界で最も残虐な植民地政策だった」と言われる大日本帝国の朝鮮統治(1910~1945)は、同時代のアジアとアフリカにおける列強の植民地政策と比較して、史上最悪な「暗黒時代」といえるのだろうか。本書は、従来、"真実"として容認されてきたが、少なくとも別の観点からの見直しが必要な研究、概念、あるいは原理に対するアンチテーゼの追究という意味での「修正主義」的アプローチによって、民族主義的史観に覆われた朝鮮統治を見直す。


6部構成

1:「民族主義的史観」への疑問(1~3章)

2:朝鮮統治の指導層の認識と人々の暮らし(4~7章)

3:近代日本における司法権の独立(8~12章)

4:現代中国と同時代の植民地政策との比較(13~15章)

5:「軍国主義者」山縣有朋の実像(16章)

6:民族主義的史観を見直す近年の研究(17~18章)

コメント
 本書について、注意を要するのは、著者たちは植民地支配そのものを肯定しているのではなく、現在の韓国や北朝鮮の民族主義的史観に忠実な学者たちが主張する「
史上最悪」な朝鮮統治というのは言い過ぎである、ということを主張しているだけだということです
。日本の朝鮮統治においても、指導層と末端とでは認識が違い、虐待を行なう役人がいたということは、本書でも指摘されています。

 そのことを踏まえた上でも、日本の朝鮮統治は、李氏朝鮮時代や同時代の列強諸国に統治された東南アジアやアフリカの諸地域よりは、公平であったし、穏健であったであろう、と主張しているのです

 例えば、高宗の治世下の朝鮮は、総人口のわずか3%の富裕層によって、権力と富を牛耳っており、厳格な階層性のために民衆は救済策を求める機会を失われ、そればかりか役人たちが正規の地租に加えて特別税を徴収して、農民たちを苛んでいたことを、民族主義的史観派のC・I・ユージン・キム氏と金漢教氏の共著 Korea and the Politics of Imperialismからの引用によって論じています。

 また、日本の朝鮮統治初期の残酷さを象徴する「鞭打ち刑」は、そもそも李氏朝鮮時代に行われていたものであり、その際の鞭は「巨大な櫂状の棒」が使われ、囚人の脚の骨を砕いて不具者にしたり、死に至らしめたりしていたそうです。それが、日本統治時代の鞭打ち刑では、鞭は「節の突き出た部分を削いだ竹」で「長さは五十四センチメートルあまりで、太さは直径七・五センチメートル」。見世物としないために刑務所内の敷地内で執行され、事前に医師の検査と立ち会いのもとに、「一度に受ける……鞭打ちの数は三十回にまえに限られていた」。さらに、鞭打ちによって、肉を切り裂くことは禁止されていた、とマイケル・スプランガーヘンドリックス大学助教授の Grafting Justice: Crime and Politics of Punishment in Korea, 1875-1938 という論文で述べられていることを紹介しています。そして、この鞭打ち刑も3・1独立運動後に廃止されています。

 諸外国の植民地政策との比較では、日本統治下の朝鮮では学齢に達した児童の3分の1しか学校に行っていなかったことが指摘されるものの、フランス領のカンボジアでは5分の1、同領ベトナムでは10分の1、同国が領有する西アフリカでは更に低く、甘い見積もりでも1000人に4・7名の子供しか学校に行っていなかったそうです。識字率に関して言うと、朝鮮は50%以下であるのに対し、インドネシアで8%、仏領インドシナで10%、アメリカ統治下のフィリピンで50%以上であったそうです。フィリピンは、小学校の授業料が無料で、高等学校への進学も容易で、大学も5つ用意されていました(朝鮮は京城国立大学一つ)。こうしたフィリピンの教育水準の高さが、日本が侵攻した際の反発が強かった理由でしょうが、フィリピン以外で比較すれば、日本も多くを提供した方でしょう。

 日本統治下で朝鮮の人口が増えたことは有名です。1910年の1313万人から1942年には2553万人とほぼ二倍です。もっとも、人口が増えたからといって、肯定できるものではない、という批判があります。もっともであると思います。しかし、ベルギー統治下のコンゴでは、統治開始当初の1885年には2000万人から3000万人いたとされる人口が1911年には850万人にまで減少していた、と言われると、並なことはしていたんでしょうぐらいは言えると思います。また、列強の植民地支配は、換金作物への強制栽培制度などがあったために、たびたび飢饉が起きていたといいますが、日本統治下の朝鮮では一度も飢饉がなかったそうです(186頁)。さらに、朝鮮統治初期の抵抗運動鎮圧のために強制収容所を使わなかったことも、日本の植民地支配の特徴であると指摘しております(173頁)。

 本書は、民族主義的史観派の著作と修正主義的史観派の両派の研究書を多く引用し、これまでの朝鮮統治研究を概観できるのに便利です。日本の朝鮮統治についての肯定的記述が多いことが気になる向きにしても、そういう見方があるということは知っておいた方がいいし、また肯定派も民族主義的史観派にどのような研究があるのかを知っていることが、議論の土台になってよいでしょう

 しかし、疑問点もあります。それは、本書で特にページを割いている司法権の問題をとりあげているところです。基本的には、大津事件などを指して、日本では司法権が行政権の言いなりではなく、一定の独立があり、また伊藤博文ら政府首脳部でもそれは理解されており、朝鮮統治においても法の支配というのは、それほど恣意的に行われてはいなかった、ということを述べています。
 その点は良いのですが、そこに敷衍して、最高裁判事の面々は官僚たちの決定を承認しなければならないというカレル・ヴァン・ウォルフレンの日本官僚支配論は「不見識にして論理性に欠ける日本観」であると厳しく批判しています(110~111頁)。しかし、ウォルフレンの官僚制論の批判点は、1899年の山縣有朋内閣における文官任用令改正によって、キャリア官僚制が確立し、政治主導による統治が不十分になってしまった、ということにあるかと思います。とするならば、その反論に1891年の大津事件を証拠するのは、少々反論として弱く思います
 もっとも、1934年の帝人事件においても被告がすべて無罪になっていることを見れば、その後も裁判所が司法官僚の言いなりではなかったことは確かでしょう。司法権の独立は一定の成果はあったと思いますが、幸徳事件のようなフレームアップを容認する判決もあったわけですから、それほど誇るべきものがあったかは疑問です
 また、閣議が、官僚の提案を鵜呑みにしているだけ、というウォルフレンの批判に対して、やはり大津事件の対応を持ってくるのは、筋違いに思います。文官任用令改正以前の官僚や大臣というのは、藩閥政治かも含めて、維新革命の荒波を越えてきた政治家が官僚になったというべき人々で、後の官僚らしい官僚の支配と政治家になった官僚たちの政党とは別物です。その時代の官僚政治家たち=元老を例にとっても反論にはなりません。丸山眞男以来の官僚国家批判は、明治国家の天皇のカリスマ性と元老たちの責任意識と決断力を評価しつつ、昭和期の官僚たちの責任意識の無さを批判しているのですから、ズレた批判と言えるでしょう。
 そういうような近代日本に対する認識をみると、朝鮮統治に関する見方も一面的にも思えてしまうので、本書を土台にいろいろと読んでみるのが良いのかな、と思えました。

評価 ☆☆

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2016年9月 6日 (火)

岡崎久彦『隣の国で考えたこと』

点検読書231

中公文庫(1983年6月25日)刊
原著は、日本経済新聞社(1977年)刊


日本文化論――韓国・朝鮮


日本人は「日本人の唯一の親類」である韓国と韓国人を、もっとよく、もっと正確に知る必要がある。お互いに知り合うことで、感情的な対立が目立つ両国関係に、はじめて正しい国交も民間交流も可能となるだろう。


4部構成

1:お互い嫌いあう日韓関係(1~2)

2:言葉と容貌の日韓同祖論的考察(3~4)

3日韓関係を古代史と近代史から考える(5~7)

4:日本への誤解をとく(付録)

コメント
 さて問題です。つぎの引用文の(  )内に入る言葉を考えてみてください。

「日本では、まだまだ大学によっては、歴史とか言語とか朝鮮半島関係のことを研究することに対して(  )的な学者、研究者、学生の間で強い反発や反対があるそうで、ある人などは、中国問題を研究するのならわかるが、なぜ朝鮮問題を研究するのかわからないといわれて、責められたといいます。また、韓国研究のため訪韓を決めた学者を、「それでお前の政治的立場がわかった」と、なかば軽蔑的な目で見る人もいたといいます。」(81頁)

 いかがでしょうか。

 答えは「進歩」です。

 今の若い人には、伝わらないかもしれませんが、「進歩」派とは、左派・リベラル派を指す戦後日本の歴史用語です。以上の引用部を読めばわかるように、冷戦期の日本において、知識人も含めて多くの日本人が朝鮮半島についての関心が低く、また韓国ともなると進歩派の学者にとっては「軽蔑」の対象だったのでした
 それが今どうしたことでしょうか。「嫌韓」といえば、右派・保守派の専売特許となってしまっています。時代が変わると180度ものの見方が変わるのです。こうした点を考えてみると、ある国やある対象に対するイデオロギッシュな人の意見というのは、その時の政治情勢によってコロコロと変わるあてにならないものであるということです。そして、そうしたもののフォロワーたる嫌韓派というのは、右派とか左派ではなく、思想的な相違ではなく、単なる民族差別主義者にすぎないのです。
 現在、あるいは数年前まで韓国好きや韓国への擁護的な発言をすると、「あいつはサヨクだ」とか「韓国人だ」とか言われたようですが、そういうことを言う人というのは、別に右派・保守派ではなく、単なる民族差別主義者にすぎなかったです。少し前に生まれたなら、「進歩」派の発言に耳を傾けて、韓国の悪口を言っていたことでしょう。その時代において韓国支持は、保守反動の右翼というのが、当時の傾向だったのですから。
 そうした時代に、「韓国のことをもっと知ろう」と擁護的な内容が書かれているのが本書です。そして、この著者こそ、若き日の安倍晋三氏の将来を嘱望し、また現実にブレーンとして集団的自衛権行使の憲法解釈変更に努め、その実現を見て生涯を終えた岡崎久彦その人だったのです
 岡崎は、現役の外交官時代から強固なアメリカ中心の「自由世界」陣営の支持者で、評論家としての彼の持論は、アングロ・サクソンと協調していれば、日本の自由と民主主義と繁栄が約束される、というものでした。ですから、湾岸戦争はもちろんアフガン戦争もイラク戦争もその倫理的当否は別として日本政府は支持を打ち出すべし、と主張していました。筋金入りの親米派です。
 その筋金入りの親米派で、左派・リベラルが大嫌いな安倍晋三首相のブレーンたる「保守反動」が、朝鮮の植民地化の歴史を忘れてしまっている日本人を憂い、そればかりか当時一部で流行していた「騎馬民族征服説」を取り入れて、日韓同祖論的な立場で、日本と韓国は「親類」であると主張していたのでした。
 私は、2012年当時に安倍晋三氏が自民党総裁に返り咲いた時、嫌韓的な人々が安倍氏を歓迎していたのですが、「この人たちは、裏切られるか、手のひらを返すに違いない」と思っておりました。安倍首相は、この親韓派の岡崎久彦をブレーンとしていたのでしたし、首相が敬愛する祖父の岸信介は親韓派の代表的人物であったからでした。もっとも、安倍首相は、韓国の言いなりになることはありませんでした。韓国側が親中外交の失敗に気づくまで待ち続け、日本に目が向いた時に即座に慰安婦問題の合意に達するという外交手腕を示しました。こうした事態に、一部に「裏切られた」と反感を持った人もいたでしょうが、概ね好感を持って迎え入れられたので、「手のひらを返す」ことにした人もいたでしょう。
 こうした現在との落差を楽しむ本でもいいのですが、現在と変わらない日本人の心性を描いた箇所も興味深いです。

日本人は、少なくとも自国より小さい国については、日本を甘やかし、チヤホヤしてくれる国以外は好きになれないのではないでしょうか。日本人を嫌う民族に対しては、その原因を日本が作ったかどうか考えてもみず、かえって、その国の特徴の中で日本が嫌いになる理由となるようなものを見つけて、はじめから先方が日本を嫌いだったという風に自分で錯覚してしまうのではないでしょうか。」(29頁)

 韓国と台湾に対する日本の現在の保守的な人々の視点というものが、どうもこんな感じです。植民地統治の内容についての当否は様々な議論があると思いますが、閔妃暗殺事件や韓国併合を実行に移してしまったこと、三・一独立運動の時の提岩里事件などに配慮せずに、反日ばかり攻めるのはフェアではありません。また、親日的な台湾というイメージですが、尖閣諸島領有権問題で最初に火をつけたのは1970年の台湾の中華民国政府であることを忘れてしまっているように思えます

 次は、日本は言論が自由で、左翼的な革命スローガンが公然と主張される一方で、三島由紀夫の事件のように大日本帝国の亡霊のような事件が起きることに、韓国では不安を感じているということについて。

「しかし、ほとんど確実に言えることは、日本はどっちにもならないということです。といっても、過激なことを言っている人が現にいて、相当数の支持者もいて、これが野放しになっている以上どうなるかわからないという心配ももっともなのですが、現在の日本の圧倒的多数の人々は、戦後の自由民主主義のぬるま湯の中にどっぷり浸っていて、誰もそこから出る気はありません。このことも、口で言っただけでは、韓国の方にはわからないでしょう。日本に来て住んでみれば、自然にわかるとしか言いようがありません。
 これに限らず、日本では言論が完全に自由なので、断片的に韓国に伝わる評論から日本人の真の考え方を識別することは極めて困難です。この困難をさらに倍加させるものとして、左翼の意図的なプロパガンダと、これが空気伝染して、韓国の悪口を言えば進歩的であるかのようなムードがあります。」(286~287頁)

 戦後70年の間に何度「軍靴の音が聞こえる」と言われたことか。ワイマール憲法下のナチスの台頭が比喩的に紹介されたことか。しかし、日本人は少々保守的な政権を支持し続けながらも、大きな変化を望むことはなかったのでした。後段の「左翼」は「右翼」に、「進歩」は「保守」と言い換えると現在にぴったりでしょう。もっとも、日本の「左翼」が、日本側の修正主義的発言を韓国に御注進して、韓国側の反発を招いて、そのリアクションに日本の保守派が反発して、結果的に日韓離間となって、中国や北朝鮮がニッコリという高等戦術なのかもしれませんが、どちらも似たようなものです

 このように今から読んでもなかなか含蓄深い戦後保守のあり方を見せてくれる良い古典です。10年前に保守的な出版シリーズで復刊されていたようですが、どのような受け入れ方をされたのでしょうか。

評価 ☆☆

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2016年1月27日 (水)

小室直樹『韓国の悲劇』(光文社、1985)

点検読書110

副題は「誰も書かなかった真実」。


評論―韓国


日韓関係の悲劇は、二千年来、腹を割ってお互いに話し合ってこなかったことにある。本書は、韓国が、なぜ日本に対して感情的になってしまうのか、その原因を考察し、それをふまえた日韓の対話の一助となることを目指している。


五部構成
1:不十分な政権の正統性という悲劇。
2:過去を忘れた日本と過去を認めない韓国という悲劇。
3:宗教国家・韓国という悲劇。
4:借金経済・過度の貿易依存、日本経済への従属性という悲劇。
5:「血縁」社会・両班精神の残る韓国という悲劇。

メモ
後継政権の正統性の問題
 革命政権・独立政権の正統性は、自ら勝ち取り、諸外国と交渉して後継政権であることを承認してもらう必要がある。
 勝ち取った正統性の例として、清教徒革命や名誉革命後のイギリス政府、フランス革命後のフランス政府などがある。
 また、諸外国との交渉の当事者になることによって正統性を獲得する例として、ロシア革命後のソビエト政権がある。これは第一次大戦において、ドイツとの和平交渉の結果締結されたブレスト・リトブスクの講和がある。この講和条件は、領土の四分の一、人口の三分の一、鉄・石炭の四分の三をドイツに手渡して、いわば降伏してでも後継政権としての正統性を獲得しようとした例である。もう一つの同様な例として、普仏戦争後のフランス第三共和制政府は、アルザス・ロレーヌ地方の割譲と五十億フランの賠償を認めてまで、交渉の当事者になった。このように自国に不利だとしても、外交交渉の当事者になるという外国からの承認がなければ、政権の正統性がない、と考えるのが西欧の国家観念であった。
 一方、韓国の場合は、戦勝国であるアメリカ軍が交渉相手としたのは、敗戦まで朝鮮半島の統治に関わってきた朝鮮総督府であった。アメリカ側は沖縄第二十四軍団長・ホッジ中将と第五十七機動部隊司令長官・キンケード大将で、日本側は朝鮮総督・阿部信行大将と朝鮮軍管区司令官・上月良夫中将であった。朝鮮総督府の統治は、9月7日のマッカーサー布告によって、韓国に軍政がしかれるようになった9月8日までつづいていた。その上、ホッジ中将は、9月11日には軍政施行を布告したものの、朝鮮総督府の統治機構と日本人官吏をそのまま使い続ける方針とした。つまり、韓国の戦後は、日米共同統治で始まったのである。
 このため、韓国としては、上海臨時政府の韓国光復軍が大日本帝国に宣戦布告したことを正統性の根拠としているが、一度も正式に日本軍と戦うことはなかった。その上、上にみたように、日本の敗戦後、韓国人が朝鮮総督府から政権を交渉によって継承することも、力ずくで奪取することもなかったために、戦後の大韓民国の正統性にゆらぎがある(ちなみに日本総督府は、敗戦前の8月上旬に、韓国人に政権の授受を打診したが、韓国側でまとまらず遅延して、一時的に引き渡されたものの、アメリカ軍によって再度、総督府に戻されている)。つまり、平和的であれ、暴力的であれ、日本から実力で政権を奪い取り、外国に承認されたという経験がなかったのである。そこに、韓国の日本に対して感情的になってしまう悲劇の原因がある、と著者は言う。


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2016年1月21日 (木)

山辺健太郎『日本統治下の朝鮮』(岩波新書、1971)

点検読書104


歴史――日本史


三十六年間(1910~1945)にわたる日本統治の朝鮮について、統治機構、経済状況、朝鮮人側の反応、統治方法の変遷の実態を描いたもの。


四部構成
1:韓国併合施行から三・一独立運動まで。総督府の統治機構、土地調査と再編、日本資本の進出、三・一運動の背景と実態・弾圧にまつわる惨劇の実例(1~3)。
2:文化政治といわれる斎藤実総督時代の実態と抵抗主体の民族主義者から左翼運動家への転換の諸相(4~5)。
3:満洲事変以降の兵站基地として経済・社会ともに再編される実態(6~8)。
4:総論として、軍人統治の非効率と異民族統治の困難(9)。

メモ
・池田勇人首相の日韓関係についての議会での発言(ⅱ)
「日本と朝鮮との過去三六年にわたる不幸な歴史といっても、どんなことがあったか寡聞にして存じておりません」。

・同時代の併合条約批判(7頁)
「韓国併合ニ関スル条約」第一条
「韓国皇帝陛下ハ韓国全部ニ関スル一切ノ統治権ヲ完全且永久ニ日本国皇帝陛下ニ譲与ス」
←「法理ヲ正シク言フトキハ我国ハ韓国ノ統治権ノ譲与ヲ受クルモノニ非ス我固有ノ統治権ノ韓国ノ旧領土ニ拡カリ行ハルルニ至レルモノナリ」(立作太郎「韓国併合 国際私観」、『法学協会雑誌』第二三巻第一一号)。

・1912年12月30日訓令第四十号の笞刑執行心得について(22頁)
 著者は笞刑を「受刑者を刑板にしばりつけ、受刑者の号叫が外にきこえないように、口にしめった布をあて、臀部を露出して笞でうつという、すこぶる残虐な刑罰」とし「およそ近代法のもとでは考えられない」と指摘している。
 「残虐な刑罰」であるのはそのとおりだと思うが、大韓帝国では1905年の刑法大全でも笞刑は残っており、そことの関係についてもふれるべきではなかったろうか(朝鮮笞刑令は1920年に廃止)。また、イギリスでは1948年9月まで監獄内での鞭打ちはあったらしい。

・三・一独立運動の犠牲者数
 著者は、三・一独立運動の「砲火で殺された朝鮮人はおそらく十万人以上になるだろう」と推定しているが、その根拠が、憲兵駐在所が98ヶ所、憲兵派遣所が877ヶ所、憲兵出張所(のち派出所)が43ヶ所あって、駐在所では例外なく発砲して殺害が行われ、他の場所でも示威運動への発砲が例外なく行われているためというものである(96頁)。そうすると1ヶ所あたり100人の殺害を想定している。
 しかし、堤岩里事件のような組織的な殺害事件でも約30人であり、憲兵の所在地1つあたり100人以上という想定はかなり粗いのではないか。

・創氏改名は「近代的」?(202頁)
 鈴木武雄『朝鮮統治の性格と実績』(1946年)の見解を批判的に紹介
 鈴木によれば、創氏改名は血縁集団の姓から家集団である氏の創設を意味するという点で「近代的」であったが、形式的皇民化政策に利用された、との見解を示している。

・志願兵の多さについて。
 戦時下の朝鮮における志願兵の多さは、他国支配を拡大すれば、自分たちが支配身分となるのでは、との淡い期待を抱いたためではないかと推測している(221頁)。
 1938年は2946名
 1939年は12348名


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2015年12月29日 (火)

「慰安婦問題」合意と安倍政権中道左派説

 日韓関係に長く懸案材料として横たわってきた「慰安婦問題」について、日韓政府間で、「最終的かつ不可逆的な解決」に至ったそうだ(参照)。

 「慰安婦問題」は、日本国内では昨年の朝日新聞誤報問題で再び注目されたものの、近年においては話題として低調であった一方、海外においては韓国系の団体が韓国の日本大使館前と同様の慰安婦像を欧米各国で設立しようという運動が起きていて、実際に何体かの慰安婦像が設立されてきた。また、アメリカの歴史教科書の中の慰安婦に関する記述に不可解な点があるとして、外務省が抗議したことに対して、在米の歴史学者が憂慮するコメントを出したことも記憶に新しい。日本国内では終わったことのように扱われる一方で、海外では日本のイメージを決定づけるものとして脚光を浴びつつあった、といったところか。

 それが急転直下、解決に向けて合意に達したというのである。

 安倍首相といえば、一部の人たちから、日本政界における歴史修正主義の黒幕を思われていて、慰安婦問題をはじめとする歴史認識問題の最大の障害とされてきた。しかし、その安倍首相の下で、こうした合意に至ったのである。

 ポイントは、「最終的かつ不可逆的な解決」である。安倍首相は、今年の8月15日の戦後70年談話にて、「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と述べていた(参照)。今回の合意は、この発言をまさに実行したものであった。これは本人も述べている(参照)。

 国民における歴史問題の最大公約数的な考え方は、過去の日本は間違っていた。それは十分理解しているが、それをいつまでも謝罪をさせられるのはいかがなものか。だいたい、すでに戦中派世代はこの世からいなくなっているわけで、自分と何も関係ないことで、外国からとやかくいわれるのはたまらない。といったところであろう。今回の合意が、一般の韓国人を拘束するものではないのでそれは仕方がないものの、韓国政府によって守られることが、日本側としての何よりの希望だろう。

 そこの安倍首相はこだわった。安倍首相としては、慰安婦問題にこだわりつづけ、最も慎重な自分だからこそ、もっとも適切な解決法で合意することができる。そのように考えたに違いない。また、安倍首相に期待をしていた保守的な人びとを納得させる解決ができる、という自負もあっただろう。それは、左右の人びとから懸念された戦後70年談話について、かなり踏み込んだ発言があったにも関わらず、左派の人々が批判したものの、右派の人々が高く評価して支持する発言が相次いだことからも自信を深めたに違いない。

 今回の合意についても、自民党よりも右に位置づけられる元次世代の党の後継政党以外は概ね好評価している(参照)。これは大成功であろう。まだ民主党の岡田克也代表の正式コメントはないようであるが、ここでハードルを上げるような発言をすれば、彼に政治のセンスはなく、すぐさま退場を願うしかない(戦後70年談話について、岡田氏は批判的であった)。

 今回の日韓政府の合意やこれまでの施策を見てくると、安倍政権というのは、案外、右派が求めてきた政策よりも、左派が求めてきた政策を積極的に取り入れて解決して来たのではないか。見る人によっては、極右政権なのだそうだが、実は中道左派政権なのではないか。そんな気がしてきた。

 まず、彼の掲げる経済政策「アベノミクス」は、低インフレを起こそうとする政策である。インフレ率が、失業率に深く関わってくるというのはフィリップスカーブなどでよく知られている。金融緩和や財政政策によってデフレからインフレ気味に誘導することで失業率が下がるというのは、中流以下の人々の味方であるはずの左派にとっては喜ばしいことであろう。そして、それは実際に実現しつつあるのである(参照)。また自殺者数が、安倍政権成立以後、急速に減少していることも、人の命を大切に思うリベラルな人々にとって喜ばしいことであろう(参照)。長年、年平均が3万人を超えていたのだから、それよりも年間3000~5000人の命を救っているのだから、これだけでも評価すべきではないか。

 次に、歴史認識についても、今回の慰安婦問題の解決についても左派の人々が長年求めてきたことであるし、戦後70年談話によって、政界における最も国粋主義者とされてきた安倍首相が過去の戦争に関する反省に言及した。左派の人々にとっては、これでは不十分であると思っているようだが、これによって、右派の人々が沈黙した。

 右派の人々は、中国での軍事行動について全く問題にしない、むしろこっちが被害者だという認識を持っていたり、アジア解放の夢というような当時の素朴な兵士たちの気持ちを日本政府の政策として理解している人々である。当時の兵士の中には、真剣にこの戦争は英米帝国主義からアジアを解放する戦争である、と考えていた人はいただろう。だからこそ、戦後になってインドネシア独立戦争に参加した日本兵もいたのだと思う。しかし、それは兵士たちであって、実際の戦争指導者たちが真剣にそのようなことを考えていたわけではない。しかし、一部の右派の人々は、故意にか素朴なのか、それを混同して総体としての「日本は悪くない」と居直ってしまっている人々なのである(典型的なのが田母神論文)。

 そうした人々を安倍首相は沈黙させたのである。その沈黙は、安倍首相が彼らの主張に則した発言をしたからではない。国民の最大公約数的な歴史観―日本の過去の戦争は誤りであった、そこで被害にあった人々には同情する―に近いものを述べたにも関わらず、彼らを沈黙させ、支持させたのである。つまり、左派が長年主張してきた歴史修正主義の是正を安倍首相はやってしまったのである。

 そして、次に安全保障である。今年は、昨年の集団的自衛権の行使容認の閣議決定につづいて、安全保障関連法成立をめぐる左派のデモなどが話題になった。しかし、集団的自衛権行使容認は、自国のわがままを相手に言い聞かせるためにあるのではなく、国際協調を実のあるものにするためのものである。国際協調のための憲法解釈というのが、極右政権だというのは正直理解ができない。極右政権であったなら、自国第一の政策として核武装にまず手を付けるべきではないか。しかし、現実に行なったのは、国際協調をより確実なものとする政策にすぎないのである。

 日米関係が密になって、日本がアメリカの言いなりになる、という理由で反対した向きもあるだろう。しかし、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉過程をみても、日本政府はアメリカの言いなりであったろうか。言いなりになるかならないかは、その時の政権の力量による。そうならないように有権者の方が、真面目な選択で選挙に向かう必要があるのではないか(ちなみにTPPも右派が強く反対していた政策で、これも安倍政権は右派の期待を裏切っている)。また、アメリカという国は集団的自衛権行使も認めないような国と日米地位協定見直しなど考えられないという軍事国家である。もし、この変更が日米の平等化につながるとしたら、これも長年左派が求めてきたものの実現になるだろう。

 また、この憲法解釈や安保法が成立してからの日中首脳会談、日中韓首脳会談、今回の慰安婦問題合意と日本が孤立するのではなく、逆に国際協調路線に進んでいることも忘れてはならない。このように民主党の野田佳彦政権で滅茶苦茶になった日中韓関係の改善という左派リベラルが希望していた政策も安倍政権は実現しつつあるのである。

 また、デモクラシーという観点からも評価できる。近代デモクラシーの最大のポイントは、被治者が為政者を自ら選ぶことができることにあるだろう。その点で、安倍首相は、鳩山由紀夫氏に続いて、日本国民が自ら選んだ首相=為政者であり、民主的な指導者である。また、昨年の総選挙は、税制に関する法律を変えるために行われたものである。税制改革こそ、デモクラシーの根本にあるもので、その基本に立ち返ったという意味で、安倍首相は日本にデモクラシーを根付かせる一つの慣行を作ったというべきである(野田政権は、選挙に訴えずに消費増税を行なったという点で、竹下内閣に次ぐ日本憲政史上の汚点というべきである)。

 その点で言えば、先の消費税における軽減税率をめぐる官邸と財務省、自民党内の動きの中で、財務省と結びついた自民党税制調査会を抑えこんで、対象規模を広げたという決定をした。自民党税調といえば、首相も手を付けられない強大な権限をもった組織であった。それを屈服させた。これだけでも自民党という幹部政党の民主化を果たした業績を忘れるべきではない。

 まだいくつも左派が求めてきた政策の実現というものがあるだろう。安倍政権が掲げている女性の活躍も現在のところ女性の就業率上昇という結果を残している(参照)。女性の活躍も左派が求めてきたものだ。

 以上のように、安倍政権というのは、右派か左派かといえば、政策的に言えば中道左派に位置づけられるのではないか。少なくとも極右的な政策を行ってはいない。単に「安倍晋三」という政治家の出自や来歴、彼の取り巻きが気に入らないからといって、何でも反対、本心は違う、と言った批判は無意味のような気がする。そもそも、本心は違うというのは、政治において、何の意味もない。安倍首相が頭の中でどれだけ下劣な性的妄想を抱いていたとしても、それが表面に出てこなければ、それは良心(悪心?)の自由であるから、他人がとやかくいうことではないのと同じである。

 もし真剣に左派リベラルが、単に人の好き嫌いではなく、自分たちの求める政策を実現する意欲があるのなら、「安倍嫌い」で安倍首相を評価するのではなく、是々非々で結果の出たものは素直に評価し、批判すべきは批判する、という立場をとった方がよいのではないか。なぜなら、単に嫌いだから批判というのでは、周囲から信頼というものを勝ち得ないと思われる。単に好き嫌いで政治をされたのでは、その時の気分でどのようなことをしでかすか、予想がつかない。そんな人たちに、普通の有権者は為政者になってもらいたいとは思わない。その点に留意して、安倍政権に挑んでもらいたいものである。

 しかし、その安倍嫌いも一つの効用がある。やはり政治というものは強大な権力を行使するもので、常に警戒をしなければならないものである。だから、為政者に対する全幅の信頼とは許されないのである。その点で、嫌われる有能な政治家というのは、もっともデモクラシーにとって、必要な人物である。この三年間の安倍首相の成果から見てみれば、彼が有能な政治家であることはわかったような気がする。しかし、彼に全幅の信頼をおいては危険である。その点で何をやっても安倍首相に批判的な安倍嫌いの人たちというのは、決定的に重要である。彼らがいる限り、日本のデモクラシーは安泰である。その点で、強固な支持基盤がある一方で、とにかく嫌いな人からは嫌われるという安倍晋三という政治家は、日本のデモクラシーを健全な方向に向けてくれる人物なのではなかろうか。


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2015年12月 1日 (火)

安田浩一『ヘイトスピーチ 「愛国者」たちの憎悪と暴力』(文春新書、2015)

点検読書57

①社会評論

②属性に対する攻撃を不均衡な数的優位の下、攻撃することをヘイトスピーチという。ヘイトスピーチは人を壊す、地域を壊す、社会を壊す。

③どのような現象か、在特会という現象、ヘイトスピーチの定義、韓国人から被差別民・外国人への拡大、ネットでの攻撃、未知への恐れ、ヘイトスピーチへの規制の動きとワキの甘い政治家たち、敵を見つけ敵を吊るす、不寛容の拡大。


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2015年11月20日 (金)

崔基鎬『歴史再検証 日韓併合』(祥伝社黄金文庫、2007)

点検読書47

①歴史――韓国・朝鮮

②韓国の植民地時代は、李朝五百年に比べれば、発展の歴史であり、そこを真正面から見つめていないことが、韓国内の北朝鮮への甘い見方に通じている。

③李完用・伊藤博文の再評価、併合時代の近代化政策、経済成長、李朝時代との比較、親北朝鮮背力への危惧。

コメント
著者は強烈な反共主義者である。
そのため、中国・北朝鮮にシンパシーを感じている韓国内の左派の「反日」史観を否定し、中朝に対抗できる日米との協力関係を構築するために本書は書かれているといえる。
多少辛辣に言えば、日本での出版ということで、日本の中朝対抗勢力である右派が気に入るような歴史を韓国内の親日派が書いていることのアピール、という歴史の本というよりも、政治文書に近いのかもしれない。
そのため、予想される批判への反論の箇所が強烈で、近代化政策の成果はたしかに李朝時代や戦後の北朝鮮よりはマシであるというのはうなずけるが、皇民化政策まで否定の対象としないというのは日本の現在の右派ですら主張しなさそうなことなので何とも不思議な主張だとの印象を持った。


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2015年11月13日 (金)

大沼保昭・聞き手江川紹子『「歴史認識」とは何か』(中公新書、2015)

点検読書40

副題は「対立の構図を超えて」

①評論――歴史

②「歴史認識」をめぐる問題に関しての基本的な事実関係の確認を通して、その事実の認識と解釈に国内外の人々の間で違いがあることを前提に、なぜ対立する相手との違いが生じるかを理解する必要がある。

③東京裁判について、講和と国交正常化、戦争責任と戦後責任、慰安婦問題、「歴史認識」問題の歴史と国際比較。これらの問題を大沼氏の学問的知識と市民運動に関わってきた体験を踏まえて、高い倫理性や開き直りに陥らずに、間違えもし反省もするが永久に謝罪し続けることなどはできない「俗人」的感覚を忘れないで、「歴史認識」問題を論じる。

2015年10月30日 (金)

角田房子『閔妃暗殺』(新潮文庫、1993)

点検読書26

副題は「朝鮮王朝末期の国母」

①歴史――日朝関係史

②朝鮮半島の人々の日本に対する勘定の不可解さの一つに日本人の歴史への無理解がある。その一つのケースが閔妃暗殺であり、この事件を知ることは、彼らの信条を理解する一助となる。

③明治維新後の日朝関係を順を追って概観し、公使の手引による暗殺事件がなぜ起き、政府関与があったのかを解明する。

メモ
冒頭の方で「日本人」による「国母」暗殺事件として、朴正煕夫人・陸英修の死が述べられている。

つまり文世光という在日韓国人による朴大統領暗殺計画が偶発的に夫人の暗殺になった事件である。当時、日本政府は、在日韓国人による犯行であり、道義的・法的に責任はないと声明を発表して、韓国人の怒りを買った。彼らにしてみれば、在日韓国人は「日本人」であり、日本の警察の拳銃で日本が旅券を発行した人物による犯行、つまり「日本人」によって、国母が殺された、と考えてもおかしくはないのである。

しかし、これがもし現在起きたら、当時の日本政府同様の主張をする人が政府はともかく、与党や世論から出されるのではないかと不安になる。

また、当初は日韓条約締結時の大統領で日本に縁の深かった朴正煕の娘ということで日韓関係の改善が期待された朴槿恵大統領が強硬な反日姿勢を見せるのも母親が「日本人」に殺されたと考えているとすれば、無理からぬものがあるかもしれない。

2015年10月 9日 (金)

点検読書5 古田博司『朝鮮民族を読み解く――北と南に共通するもの』(ちくま新書、1995)

点検読書についてはこちら

①評論――韓国・朝鮮

②著者が経験し、また専門の朝鮮儒教思想史の知見を踏まえて。礼賛でも非難でもない等身大の朝鮮民族を描く。

③朝鮮民族の日常生活・人間関係の背後にある儒教とりわけ朱子学の分析を主な視点においている。

コメント
言語としての韓国・朝鮮に心惹かれて研究者となり、韓国人と結婚もした著者は、その後、韓国・朝鮮に対する厳しい批判者となっているのは周知の通り。2000年前後に日本社会に変化があったのか、右派政権から左派政権へと重心が移った韓国に変化があったのかは分からないが、その点は興味深い。また、著者によると「嫌韓」という「嫌な言葉」は1995年段階ですでにあったようで、2002年日韓ワールドカップが「嫌韓」を一般化したというが、すでにそのような流れは準備されていたようである。

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