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日本政治

2017年2月 4日 (土)

野上忠興『安倍晋三 沈黙の仮面』3

前回のつづきです。

 野上氏の安倍本のつづきです。

 あとがきに書かれていることですが、「第2次政権を担って以後、特定秘密保護法、武器輸出3原則解禁、集団的自衛権行使容認、そして安保法など、「まるで戦前回帰の軍国路線まっしぐらと映る」(自民党ベテラン議員)タカ派色だ」と自民党のベテラン議員の発言を引いて批判しています。

 しかし、これらの政策は「戦前回帰の軍国路線」なのでしょうか。戦前の軍国路線というのは、国の予算の半分くらいが軍事費であったり、士官級以上の軍人への処罰の甘さ、非国際協調主義的で単独行動主義、また欧米列強に対する敵意によるアジアモンロー主義的な政策、国際紛争解決のための武力行使への傾斜、国際社会の現状打破勢力に組みしたこと、私有財産を否定する社会主義的言論ばかりではなく政府を批判する自由主義的な言論への弾圧等々に特徴があるでしょう。安倍政権には、これらの特徴があるのでしょうか。
 まず特定秘密保護法というのは、安全保障に関わる情報の漏洩を防ぐための法律であり、基本的には罰則対象は政府の中にいる公務員です。また、なぜこうした法律が必要になったかといえば、外国からもたらされた情報を外部に漏らした場合の罰則規定が日本にはないために、同盟国であるアメリカでさえも日本と情報を共有したがらない、という事情があったからです
 具体的にそれがあらわれたのが、2013年8月31日にオバマ米大統領が表明したシリアへの軍事攻撃に対する日本の支持をめぐる暗闘です。詳しくは山口敬之『総理』第4章を読んでいただくとして、簡単に述べると、安倍首相はシリアへの軍事攻撃への支持を求めるオバマ政権に対して、アサド政権が市民に化学兵器を使った決定的な証拠を出さない限り、日本は支持しないと交渉を持ちかけたのでした。これは、不確かな情報によってブッシュ政権のイラク攻撃を支持してしまった小泉純一郎政権を政権中枢で間近に見てきた安倍首相の反省に基づく対応です。アメリカ側は、当初はそれを拒否します。しかし、安倍首相は山口敬之氏へのメールが傍受されていると想定しつつ、強い拒絶の意思を明らかにしていると、アメリカ側が折れてきて、明確な映像証拠を出した上で、支持を求めてきたというのですが、特定秘密保護法がない日本に恩を着せたという不満を表明されたそうです
 そうなると日本側は、安全保障に関わる情報統制法を整備する必要が出てきます。それが2013年10月25日の閣議決定、同年12月6日参院通過というスピード成立を必要とした理由となったのです。ですから、特定秘密保護法は国際協調主義に基づいたものであり、単独行動主義でもアジアモンロー主義に基づくものでもありません

 集団的自衛権行使容認と安保法制も同様です。そもそも「集団的自衛権」という概念は、第二次大戦末期に成立した国連憲章第51条によって成立した概念です。これだけで「戦前回帰」という批判は無知から出たものと言えるでしょう。
 もっとも、軍事同盟というのは、有史以来存在したものですから、それを集団的自衛権と考えれば、「戦前」にもあったに違いありません。しかし、国連憲章で成立した集団的自衛権は、あくまで大国で構成される安全保障理事会の常任理事国の恣意的な拒否権の運用によって、小国の安全保障が守られない場合に備えたものであって、しかも安全保障理事会による集団安全保障的措置をとるまでの限定的な対処に限られます。単なる軍事同盟を根拠付ける権利ではありません。
 また、戦前の「軍国路線」の失敗というのは、東アジアにおける単独行動主義とドイツ・イタリアなどの現状打破勢力と軍事同盟を結んで、ともに新しい国際秩序を創出しようとしたことでした。今般の集団的自衛権行使容認の憲法解釈は、安全保障理事会の常任理事国の主要な構成国であるアメリカ合衆国との協調を確かにするためのものであるし、また安保法に含まれる駆けつけ警護は集団的自衛権との関係というよりも、国連による集団安全保障体制への寄与を意味するものであって、日本が国際協調主義に一歩踏み出したことによります。これらによって考えれば、一国平和主義という単独行動主義や現状打破を唱える勢力との協調ではなく、現状維持勢力や国際機関へのさらなる関与を拡大するという意味で、反「戦前の軍国路線」であるのは、明らかであるでしょう。また、小川和久氏の著書によると、日本側が日米地位協定の協議をしようとすると、アメリカ側は集団的自衛権行使容認ぐらい決断してから話しに来い、と言って門前払いを食らわせるそうです。この点でも沖縄の現状を変える素地をつくるためにも必要な措置なのかもしれません。
 もっとも、これらによって自衛隊の任務が増加し、場合によっては戦後においては2001年の海上保安庁の巡視艇による不審船への撃沈以外行われたことのない他国軍やゲリラへの攻撃による死傷者の発生はあるかもしれません。人の命を奪わない軍隊としての自衛隊の性格は変わるかもしれませんが、そもそも個別的自衛権の行使としての自国防衛の際には、侵略軍を殺害することは当然となりますので、それが自国への侵略軍か国際社会の無法者かという違いのみで、想定としてはあまり違いがあるとはいえません。生命尊重の理想によって、安倍政権の路線転換を批判するのは、一つの立場かもしれませんが、それを「戦前回帰」と批判するのは、お門違いでしょう
 あと、武器輸出3原則の解禁は、実は野田佳彦民主党政権で例外規定の拡大をしており、安倍政権はそれを推し進めたに過ぎないのでした。また駆けつけ警護に関する法律改正も野田内閣の下で進められていました。これら武器輸出3原則の例外拡大や駆けつけ警護もそうでしたが、尖閣諸島国有化によって日中関係を最悪にしたり、慰安婦問題での協議拒否によって韓国側を怒らせ、李明博大統領による竹島上陸という実績を作るきっかけとなったり、原発再稼働を推進したり、公約にない消費税を増税したりと野田内閣の1年のほうが色々問題が多かったように思いますが、この点についての批判が安倍政権に比べてないことが不思議です
 また著者は、『論語』の「子貢問政」にふれて、孔子は民の信頼>食>兵の優先順位を付けているが安倍首相は逆になっていると批判しています。しかし、これもどうなのか。
 安倍首相の最大目的はたしかに憲法改正なのでしょう。しかし、安倍政権の経済政策によって失業率を減らして、有効求人倍率を急上昇させて、新卒の労働市場を売り手市場にしていることは確かなのです。また失業率の低下によって、自殺の総数が毎年数千人程度減少しているという事実があります。これは、安倍政権が何よりも「食」、つまり民衆を食わせていくことに政権の重要課題としていることのあらわれです。本書において、安倍政権の経済政策について、最後に「色あせたアベノミクス」という消費税増税批判のないアベノミクス批判というお定まりの批判一箇所しかないのが、著者自身の民を食わせることへの軽視を感じます
 また日本で初めて税に関する政策変更を争点として総選挙を実施したというのも「民の信頼」を重視しているあらわれでしょう。そもそも「民の信頼」がなくて、どうして国政選挙で前代未聞の四回の勝利と高支持率を維持できるのか。民の信頼よりも軍事優位であったら、もっと大胆な憲法解釈の変更だってできたはずです。これらの点を著者は、どう考えているのか。正直、不思議でなりません。

 まぁ、このように本書については疑問点が多いのですが、事実関係にふれた証言集としては大変面白い本です。また、拉致問題に関する安倍政権の取り組みと失敗に関しては、著者の言うとおりであると思います。日本が国家意思を示したという点で、小泉政権時の安倍官房副長官の強硬路線というのは歴史的に意味があったかもしれませんが、北朝鮮側の信用を全く失わせる悪手であり、その後の交渉に制約をつくってしまったことは否めません。こうした点は、拉致問題にそもそも関心のない左派リベラルから出ない批判であるし、拉致問題の解決や被害家族に対する同情は示しつつも柔軟路線への批判によって道を閉ざしてしまっている右派保守からも出ない批判でしょう。その点は貴重です
 安倍首相のパーソナリティについて、批判的な読み方も必要ですが、重要文献の一つとなるでしょう。

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2017年2月 3日 (金)

野上忠興『安倍晋三 沈黙の仮面』2

前回のつづき

 さて、安倍首相の幼少時代からを描く本書なのですが、そのエピソードの一つ一つは面白いものの、著者の現在の安倍首相に対する評価には少々疑問に思うところが多く、その点をもう少し述べたいと思います。

 例えば、安倍首相の保守主義について次のように述べています。
「重層的な歴史を重んじようとする保守思想とは、排除の論理ではなく、もっと深く広く文化や思想の違いを包含できるものでなければならないようにも思うが、安倍にとっては革新、リベラルは常に敵でしかない。これではずいぶん底の浅い保守しそうに見えてしまう。」(151頁)

 たしかに近代日本の保守主義の思想家として知られる陸羯南の「国民主義」というものは、自由主義も平民主義も共和主義も貴族主義も個人主義も国家主義も含まれるという特徴を主張していました(『近時政論考』)。しかし、この羯南の思想は、一方で様々な思想を包含するがゆえに、国民の中にある多様な価値観や利益の間の対立を見えなくしてしまう機能も果たしてしまう可能性もありました。つまり、本来は相容れず対立し、どちらかを選択しなければならない場合に、「まぁ、同じ国民だし、仲良くしようよ」という言葉によって、有耶無耶にしてしまうというようなものです。

 そもそも保守主義や保守思想は、単に歴史や伝統を大切にするという考え方や態度ではなく、明確な敵が現れた時の反応として、守るべき価値を改めて思想化するというものです。それならば、その敵に対して強い反発や批判は当然のように見られます。
 近代保守主義の元祖とされるエドマンド・バークの『フランス革命についての省察』を開いてみれば、彼が敵視する革命運動家への辛辣な批判や軽蔑に溢れています。現状維持や穏健という単なる保守的態度ではなく、「思想」であり「主義」として理論化を試みているのだから、その正当性を主張するためにも敵に対して攻撃的であるのは当然です
 安倍首相の保守思想は、「「進歩派」「革新」と呼ばれた人達のうさん臭さに反発した」ところから魅かれていったということですから、「進歩派」「革新」への反発の上で思想化したもののようです。それならば、相手に対して攻撃的であるのは確かでしょう。しかし、安倍首相が、その権力を使って、リベラルや左派の政治運動を排除したという話は聞いたことがありません
 反安倍のテレビコメンテーターが次々と降板していくのも、官邸が権力を使ったというよりも、視聴者から飽きられたことが原因でしょう。何だかんだ言っても国民が次の首相を選ぶ総選挙で勝利させて選出された二人目の首相であるし、国政選挙で4回も勝たせている政権です。さらに支持率が、常に40%ほどある政権なのですから、まるで評価せずに頭ごなしに批判ばかりであると、有権者である視聴者がバカにされたように感じるだけです。コメンテーターもその点を理解して、バランスの取れた評価と批判をしなければ、視聴者にソッポを向かれるのも当然でしょう。
 また、著者は、父・安倍晋太郎の「指導者たるものは先頭に立つ必要はなくバランスが大事だ」という趣旨の発言を引いて、「私が~」が多い安倍首相を批判しています。
 しかし、これこそが日本政治の無責任体制の最たるもので、指導者がバランスを取って誰からも批判されないようあらゆる立場からの意見を聞いていったら、その政策が失敗した場合、誰が責任を取るのか。指導者は各方面に配慮してと逃げるし、立案者は提案しただけ、賛同者は大勢に従っただけと責任の所在がはっきりしません。
 その点で、安倍首相は責任意識が明確です。すべて安倍首相の考えとイデオロギーに基いて決断していると述べているのだから、うまく行っていれば、それは首相の実績であるし、失敗すれば、それは直接安倍首相へと責任が及びます。国民主権というのは、国民の意向によって政権の選択を可能にすることであると思います。その点で、何を考えているか明確な安倍首相は、国民の選択基準を与えてくれている分、きわめて民主主義的な指導者であると思います
 私の理想とすれば、安倍氏を首相へと返り咲かせた有権者が、今度は自分の手で選挙によって退陣させることが日本の民主主義の発展のためには望まれるところであると思います。第二次大戦の勝利の英雄であるチャーチルを選挙で退陣させたイギリス国民のように。ちなみに私は、基本的にはアベノミクスを推進する安倍政権に対して支持をしていますが、消費税増税を「私の決断」と述べて断行した安倍首相を支持する訳にはいきませんから、それ以後の国政選挙において選挙区か比例のどちらかの一票は、消費税に一貫して反対している共産党に投じております。消費税増税の凍結か減税を公約にしない限り、私の投票行動は変わらないでしょう。

 あともう少し述べておきたいところがあるので、続きは次回です。

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2017年2月 2日 (木)

野上忠興『安倍晋三 沈黙の仮面』

点検読書244

副題は「その血脈と生い立ちの秘密」。
小学館(2015年11月15日)。


日本政治


祖父・岸信介、父・安倍晋太郎の時代から自民党の福田派ー安倍派を中心に取材してきた政治記者による安倍晋三首相の評伝。深く安倍家に食い込んだ経歴から、安倍首相の養育係や小学校時代からの同級生・教師などからの証言を交えて、岸信介に憧れた政治家・安倍晋三の半生を描く。


1:少年時代(第一章)

2:高校から神戸製鋼時代(第二章)

3:政治家秘書時代(第三章)

4:若手議員から拉致で注目の時代(第四章)

5:幹事長・第一次安倍内閣時代(第五章)

6:第二次安倍内閣時代(第六章)

コメント
 安倍家に長く関わってきた著者だけに愛憎半ばする評伝。
 率直に言って面白い。
 自己主張が強く、生意気で絶対に涙を見せない子供でありつつ、中学生になっても養育係の布団に甘えて潜り込む少年時代。
 周囲の期待とは裏腹に勉強が苦手な高校時代。
 アルファロメオで登校してコンパと麻雀と部活に勤しむ一方で要領の良さで単位を落とさない大学時代。
 選挙区の事情により政略的に就職したものの周囲から可愛がられる神戸製鋼時代。
 政治家秘書として間近に見る政治と父の死。
 他の同僚たちが政策で脚光を浴びる中、結果が出ずに「タカ派議員」としてのキャラ付けをし、清和会のプリンスとして出世の階段を登る新人議員時代。
 実績がないままに重責を負わされて潰れていく第一次安倍内閣時代。
 「右傾化」と「独裁者」として振る舞う第二次安倍内閣時代。

 先にも書いたように著者は、安倍家にかなり深く食い込んで取材をしてきた政治記者であり、安倍首相に対してはかなりの思い入れがあるようです。その点が、個人としての人間・安倍晋三を描いている時には大変生き生きと好人物「アベちゃん」が見られるのだけれども、政治家としての「安倍晋三」には批判的というところで、そうした評価の部分には首を傾げざるを得ない部分もあります。

 例えば、ある安倍氏と付き合いが長い自民党議員の証言として次のようなことが述べられています。
「普ちゃんは東大出身者とエリート官僚が嫌い。議員でも東大出身者とは肌が合わないのか敬遠する傾向がある。エリートだった祖父や父に対する学歴コンプレックスの裏返しではないか」(65頁)

 その上、2015年10月に発足した第三次安倍内閣の閣僚に東大出身者が、塩崎恭久厚労大臣、丸川珠代環境大臣、加藤勝信特命大臣、石井啓一国土交通大臣の四人しかいないことも指摘されています。

 かつて第一次安倍内閣が成立した頃、田中眞紀子氏が「首相なら早稲田ぐらい出ていて欲しい」、と自分の父親の業績を否定するような発言をしていましたが、たしかに安倍首相は成蹊大学法学部の出身です。エリート一家の御曹司が、エスカレーター式の私大出身ということが周囲からの嫉妬もあって攻撃の対象となっています。

 しかし、先の引用部の閣僚に関しては、例えば、本人が東大卒の鳩山由紀夫内閣では、岡田克也氏、福島みずほ氏、仙谷由人氏、亀井静香氏、小沢鋭仁氏、藤井裕久氏、原口一博氏で八名と多いのですが(仙谷氏は中退)、安倍内閣の前の野田佳彦内閣では平岡秀夫法務大臣、古川元久特命大臣、平野達男特命大臣の三名のみが東大出身者です。野田第一次改造内閣も平岡氏が岡田克也氏と入れ替わっているだけで三名です。野田第二次になると滝実氏が法相に入って四名になっています。野田第三次改造でも古川氏と城島光力氏が財相として入れ替わって四名です。もっとも、京大やその他の国立大学出身者は多いものの、そうした者を入れれば、安倍内閣でも増加してしまいます。
 ちなみに安倍首相が敬愛する岸信介の最初の内閣では、岸信介、灘尾弘吉、南条徳男、鹿島守之助、小瀧彬の五名です。しかし、この内閣は石橋湛山内閣を引き継いだものですから、岸の人選は改造内閣からです。そこでは、岸信介、唐沢俊樹、一萬田尚登、堀木鎌三、赤城宗徳、前尾繁三郎、正力松太郎、郡祐一、津島寿一、愛知揆一、今松治郎と大臣十九人中十一名が東大卒となっています。このように考えると、著者が想定する大臣は東大卒が多いというのは、官僚政治家全盛の時代であって、私大出身の党人派が首相になり始めると東大出身者が少なくなる傾向があるのかもしれません
 このように、東大出身者の大臣数で安倍首相の東大嫌いを説明するのは、言いがかりのようなものでしょう。もっとも、本書の批判を気にしてか。2016年8月に成立した第三次安倍改造内閣では東大出身者が七名になっています。

 また、安倍首相が東大出身者の議員とは「肌が合わないか敬遠する」というのは、どうなのでしょうか。この辺になると同僚議員の嫉妬の混じった勘違いが入っているように思えます。というのも、安倍首相がもっとも敬愛し信頼した政治家は誰であったかを考えれば、自ずと答えは出てきます。

 そうです。安倍首相を語るにおいて外せない盟友であった中川昭一は東大法学部卒だったのでした。

 近年出版された安倍首相に関する書籍の山口敬之『総理』も阿比留瑠比『総理の誕生』でも一章を中川に当てるほど、重要人物としてふれられているのです。この安倍首相と付き合いのある議員という人物がどうした人物かは分かりませんが、中川昭一と安倍首相との関係を知らないようなニワカ議員か、中川昭一の出身大学が東大とは思っていないような保守に対する偏見の持ち主なのでしょう

 また、安倍首相が東大出身者を敬遠しているのだったら、派閥をこえて側近議員になった加藤勝信特命大臣の位置づけが分かりませんし、総理退任後も安倍首相と親しくしていた今井尚哉総理大臣秘書官や、政見投げ出し後の失意の中の安倍首相を登山に誘ったりと復権に尽力した長谷川栄一内閣広報官、家族ぐるみの付き合いでリフレ政策を安倍首相にレクチャーした本田悦朗スイス大使などの東大出身の官僚たちとの付き合いと信頼関係は一体何なのかという印象を受けます。

 では、そうした東大を敬遠する印象を持たれてしまうのは何故かと言うと、単純に東大法学部出身者に安倍首相が嫌う「リベラル」「サヨク」が多いからでしょう。2015年の安保法制に関わる騒動でも分かるように、東大法学部の憲法学者は一致結束して、安倍政権に反対の姿勢を示しました。一部には、以前には集団的自衛権の解釈変更を容認していたにも関わらず、東大出身の憲法学の権威が違憲を言い始めた途端に、宗旨変えをするような若手憲法学者もいました。これだけでも、東大法学部の雰囲気が分かるでしょう。
 また、消費税増税に関しても、東大法学部出身の官僚、政治家、学者の多くが賛成しており、その失敗が明らかになっても、自分たちの言論の責任を負わずに、もともと増税が含まれていない「アベノミクス」の失敗を主張して、責任回避につとめています。

 安倍首相は、そうした東大の権威によって形作られてきた戦後レジームを脱却するというのが最終目的のはずです。そうした点で、東大出身者を敬遠するというよりも、東大出身者に多い、リベラルで無責任な姿勢に嫌悪感を抱いて、敬遠しているのでしょう事実として、そうした雰囲気に染まっていない東大出身者の政治家や官僚たちを安倍首相の周りに配していますし、また逆に逆に上記のような東大の雰囲気に馴染めなかった人々が安倍首相に期待を持っていたとも言えるでしょう。初代国家安全保障局長の谷内正太郎氏も2009年に出版した回顧録で、安倍首相の復活を待望しているとれる発言をしていまいた。

 もう少し述べたいところがあるので、次回に続きます。

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2016年9月24日 (土)

松田賢弥『影の権力者 内閣官房長官菅義偉』

点検読書236

講談社+α文庫(2016年)刊


日本政治


第一次内閣の機能不全とは打って変わって、安定的な政権運営を続ける安倍晋三政権。その秘密は、「影の総理」とまで噂される菅義偉官房長官の存在がある。本書は、菅の故郷である秋田県雄勝郡秋ノ宮村(現・湯沢市秋ノ宮)の歴史を語りつつ、菅の生涯と彼に影響を与えた梶山静六、野中広務、小沢一郎らの行動をたどり、菅の政治家としての本質に迫ろうとしている。


6部構成

1:菅の故郷・秋ノ宮村と満洲移民の歴史(第一章)

2:集団就職世代としての菅(第二章)

3:小沢一郎の時代(第三章)

4:1998年の総裁選と野中広務(第四章)

5:官房長官・菅義偉(第五章)

6:菅の今後(第六章)

コメント
 著者は、小沢一郎氏についての取材で著名なジャーナリストで、小沢氏の妻からの絶縁状を入手して公表するというスクープを世に出しています。その点で、著者が得意なのは、小沢一郎研究です。そういうわけで、小沢氏に関する部分が面白かったりします。
 本書は菅義偉研究というよりも、菅氏を縦軸に置きつつも、菅氏自身が「知らなかった」と語っている故郷の満洲移民の悲劇に多くのページを割いたり、集団就職世代である菅の同時代の世相や人々の姿、菅氏が国会議員として政界デビューした90年代の主役たる小沢一郎氏と野中広務氏、そして菅氏の師である梶山静六について多く語られています。
 そのため、菅氏について、もう少し語ってくれよ、という読後感にはなります。もっとも、よく誤解されている菅氏が、法政大学の二部出身だということは誤りで昼の法学部出身であることを本人に確認したり、小此木彦三郎の秘書時代に培われた忍耐、横浜市議時代の「影の市長」と呼ばれた実力、一年生議員の時から総裁選を手動する政争好きな姿、消費税増税に最も慎重な政治家であること等々は面白い話です。しかし、出身大学問題は、大学に問い合わせるぐらいして確認してほしいものだし、横浜市議時代のエピソードももっと語って欲しいところですし、国会議員となってからの菅氏についての活動を総裁選などの大きなはないだけではなく、細かい活動実績から菅氏が考える政治観、国家像に迫ってほしかったように思います。
 結局のところ、故郷の秋田の取材に時間を取りすぎて、肝心な菅氏自身の実像に迫るところまで行っていないという印象です
 著者は、菅氏を「土着の匂いがする政治家」と評していて、かつての田中角栄を思い出させる最後の政治家としています。その点で、著者は「安倍あっての菅」ではなく、首相への野心を探ろうとし、期待もしています。その一方で菅氏と対比させているのは、師である梶山静六や野中広務氏、小沢一郎氏といったトップに座るよりもNo.2としての活躍が目立つ人物たちです。もっとも、上記三人もめぐり合わせがあれば、首相になれた人たちですが、本人や周囲の評価は、場合によっては泥もかぶれる裏方の政治家といった人々でしょう。そうすると、菅氏もやはり官房長官や幹事長というポストが最も輝く場なのかな、とも思います。もっとも、現在名前が上がっている政治家の中で安倍政権の後継者としてふさわしいのは、菅氏しかいないので、その期待に応えて欲しいところでもあるのですが、本人は総理を狙う気はないそうです。
 しかし、著者がポスト安倍として期待しているのなら、もう少し菅氏にフォーカスした内容にしてほしかったな、と思います。次期首相が、どういった政策志向を持っていて、どんな国家観を持っていうかに迫って欲しかったです。もっとも、それだけ菅氏という人物が自分を語らず、つかみ所のない政治家であるともいえます
 その中でも、菅氏の思想がチラリと垣間見えたのが、師の梶山静六の安全保障観と安保法制への尽力との関係を問われた際につぶやいた一言です。

梶山さんと俺のちがいはひとつあった。梶山さんは平和主義で『憲法改正』に反対だった。そこが、俺とちがう」(23頁)

 「影の総理」と呼ばれる人物の言葉ですから、重いです。どうもつかみ所がない菅氏ですが、安倍総理という憲法改正を政治の最終目標とする人物の復活を演出し、支え続けている理由は、こうしたところにあるのかもしれません。

評価 ☆☆

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2016年9月22日 (木)

山口敬之『総理』

点検読書235

幻冬舎(2016年)刊


日本政治


安倍晋三総理とサシで話ができ、さらには麻生太郎財相とのメッセンジャー役にまで信頼を勝ち得た著者が、第一次安倍晋三内閣での辞任スクープから安倍総理に復活劇、安倍政権の外交、内政の決定的瞬間を活写する。


1:第一次安倍内閣の崩壊(第1章)

2:再出馬と第二次安倍内閣成立(第2章)

3:財務省との対決(第3章)

4:対米外交の真相(第4章)

5:ポスト安倍(第5章)

コメント
 これは面白かった。まるで池井戸潤の小説を読んでいるような面白さ(読んだことないけど)。
 この面白さの最大の要因は、何と言っても登場人物のキャラの立ち方でしょう

 総理しかできない男安倍晋三

 民権運動派の義理人情と「臣茂」的な忠誠心を持ち合わせたベテラン政治家・麻生太郎

 静かな闘争心を内に秘めた蕭何にして張良・菅義偉

 シャイで不器用な悲劇の政治家・中川昭一

 ズケズケ食い込んでいくものの嫌味にならないジャーナリスト・著者

 本書を読んで改めて思うのは、安倍総理という人物は、本当に総理しかできない男なのではないか。そうした理解ができました。
 彼は、官房長官という閣議に出席する国務大臣は経験したものの、行政府を束ねる行政大臣をやったことがありません。そこが、第一次内閣での官僚へのコントロールが効かないところだったように思いますが、第二次内閣になるまでも結局のところ、行政大臣を経験せずに再任して長期政権を築いています。これは、彼の周囲に行政大臣として経験が豊富な麻生太郎財相や、かつて横浜市議として高秀秀信市長を支えて役人の生態を知り、総務大臣として政治主導を行なった菅義偉官房長官という得難い人材を周囲に置けたからでしょう。
 また、安倍総理について書かれたものを読んで思うことは、周囲の人間を何故か惹きつけて人材が集まるということです。それは、とりわけ再出馬に至るまでの間に、彼を見捨てず、ほぼありえないと思われた二度目の総理という夢を多くの人に抱かせたことでも分かります。
 特に雌伏中の安倍総理に高尾山登山を提案した長谷川榮一総理補佐官や今井尚哉総理秘書官、北村滋内閣情報官、田中一穂財務事務次官など官僚の中に、復活の立役者たちがいたことに驚きます。通常、官僚は政治家を利用するために親密になったりするわけですが、まさに復活の目がなさそうな首相の座を無様に「投げ出した」安倍総理を見捨てずに付き合い続けたことに驚きを感じます。
 その一方で安倍総理という人物は何なのか、というと、先にも述べたように「総理しかできない男」という印象を持ってしまいます。一介の議員としては右派の野次将軍としての活躍しかなかったわけですし、1998年の総裁選で彼が担いだ小泉純一郎氏は菅義偉氏に担がれた梶山静六氏にすら惨敗するぐらい政争にも強くありません。官房副長官時の北朝鮮の盗聴を念頭に置いた進言はクリティカルヒットですが、目立った活躍はそれぐらいです。また幹事長としては選挙に負けてますし、官房長官として野中広務氏や福田康夫氏、現在の菅義偉氏のような個性を持っていたわけではありません。
 安倍総理というのは、一個の議員としても、政争における戦闘力も、党のガバナンスにおいても、国務大臣としても凡庸なのです。それが、総理大臣となると類稀な能力を発揮しています。
 実務能力や泥をかぶるような戦闘力はないし、有象無象の自己利益のみの政治家や官僚を動かす能力はないものの、強烈な国家観や将来のビジョン、課題設定の確かさ、決断力と責任感、そして安倍総理個人に役立とうとする人を魅了する人間的魅力という指導者としての資質は十分にある、ということのようです。やはり、「総理しかできない男」なのでしょう。
 本書によって明らかにされたことで興味深いのは、対米外交です。安倍自民党政権は、ややもすると対米追従外交と思われてしまいますが、2013年8月のシリア空爆への支持を巡って、安倍政権は決定的な証拠を開示するまでは支持を表明しない、と粘ったそうなのです。これは、イラク戦争への支持への反省から、簡単にアメリカ支持を打ち出すことは外交的失敗につながるとして、安倍総理の強い意向によってなされたものだそうです。結局、アメリカは折れて、アサド政権が市民に向けて化学兵器を使った映像を確認した上で、支持を明確にしたそうです。アメリカ側としては、「ドイツにも開示していない情報を、秘密保護の法整備が不完全な日本に開示した」と恩を着せられたそうですが、これが2013年後半に大騒動を巻き起こす特定秘密保護法成立への強い意志に繋がったようです。つまり、対米外交でモノをいうためにも、そうした法整備が必要となるということです。この年には、靖国参拝で対米関係がギクシャクしましたが、ここでお互いに恩を売りあったがために、現在の良好な日米関係へとつながりました。

 もう一点。
 「ポスト安倍」の章で、2015年の自民党総裁選をめぐる攻防で野田聖子氏は酷すぎる。野田氏によると「安倍総理はこれまでビッグイシュー(大きな政策課題)には直面していないんですね」と発言したそうです。安倍政権は、特定秘密保護法、原発再稼働、集団的自衛権の行使容認と安保法案の国会への提出、TPPや農協改革、内閣人事局による霞が関改革など、いくつもの大きな論争と闘争を巻き起こした課題に向き合って、実現させています。とりわけ特定秘密保護法や集団的自衛権の行使容認などは、連日、大規模なデモがあったではありませんか。この人物は、国会前のデモを何とも思っていなかったのでしょうか
 それで、彼女が挑戦したい課題は、「議員定数削減と女性の活躍」ですから、話になりません。彼女は、女性初の総理という称号が欲しいだけで、何をやりたいかが何もないのです。これは、本当に期待できません。
 ポスト安倍で気になるのは、岸田文雄外相です。岸田外相は、安倍総理と同期で、麻生太郎財相が新人議員を飲みに誘った時に安倍、塩崎恭久厚生労働相とともに参加したそうです。岸田外相と安倍総理は、こんなつながりがあったのですね。安倍、麻生、岸田、塩崎と現内閣の要がそろった飲み会だったわけですが、この時の縁を大事にすれば、岸田外相がポスト安倍の有力候補なのではないか。そんな気もします。恐らく、総裁任期の延長がなされて、安倍総理が続投したら、幹事長が岸田氏になるのではないか、と思います。ただ岸田氏の政策というのが、全く見えてこないのですね。そこが困ったところですが、生来のNo.2で闘争心の塊の菅官房長官が軍師として岸田氏を支えて、岸田総裁の下で念願の幹事長をやるというシナリオが一番ありそうなもののような気がします。これは、まだまだ数年先の予測ですが、一応メモ代わりに書いておきます。
 それはともかくとして、本書は、現在の内閣に関心がある人なら必読の書です。

評価 ☆☆☆☆

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2016年9月20日 (火)

塩田潮『復活!自民党の謎』

点検読書234

副題は、「なぜ「1強」政治が生まれたのか」
朝日新書(2014年2月28日)刊


日本政治


2009年に野党に転落した自民党は、わずか3年で政権に返り咲き、第二次安倍晋三内閣の下、「1強」体制をつくりあげた。史上初の自力復活総理たる安倍首相は、なぜ復活できたのか。民主党政権はなぜ失速したのか。自民党の再生はなぜ可能となったのか。「1強」体制に死角はないのか。第一次、第二次安倍内閣の過去と周辺をたどりながら、その真相に迫る。


4部構成

1:安倍晋三首相の再登場の謎(その1、2)

2:自民党の野党転落と政権奪還の謎(その3、4)

3:安倍自民党の憲法改正の謎(その5、6)

4:安倍政権の好調の謎(その7、8)

コメント
 第二次安倍晋三内閣が成立して、1年2ヶ月してから出版されたもの。この時期から「1強」という表現が使われていたんですね。

 本書は、政権投げ出しと批判された安倍首相が、どのように復活していったのか、またそれ以前の自民党の野党転落はなぜ起きたのか、民主党政権の問題は何であったのか、そして現在の第二次安倍内閣はなぜ好調か、の謎に迫ったものです。

 それぞれ興味深いには、興味深いのですが、私が関心を持ったのは三点ほどです。

 まず第1点目。
 第一次安倍晋三内閣の崩壊は、安倍首相の持病である潰瘍性大腸炎や医師の診断による機能性胃腸障害の悪化によるものとされています。首相自身も、「投げ出した」のではなく、ギリギリまで走り続けて、これ以上は無理というところで辞めざるを得なかったというように手記などで主張しています。アジア・オーストラリア歴訪中の安倍首相が、憔悴していた姿なども、証言として残っているのですが、本書では別の証言も載せています。

 9月7日からのオーストラリア訪問に同行した政務の官房副長官の大野松茂(当時は衆議院議員)は次のように印象を語ったといいます。

そんなに重いとは思っていなかった。食事だって、奥さんと一緒に……。ひどい下痢とか、体調の悪化は、まったく感じなかったね。帰国後、臨時国会が始まり、所信表明演説の後の代表質問の質問事項について、民主党との調整を終えたとき、新聞記者から『安倍さんが辞める』と聞いてびっくりした。首相官邸に素っ飛んで行って、総理に会って確かめた。安倍さんは『大野さん、勘弁してよ。決意したんだから』と言う。そのときも、普通にお茶を飲んでいたし、頻繁にトイレに行くなんてこともなかった。代表質問は衆議院で1日、参議院でやったとしても、2日、我慢すればよかったんです」(33~34頁)

 大野氏は、以上のように述べています。大野氏のWikipediaの経歴を見てみても、元官僚というわけでもなく、地方議員や市長を長く勤めた、特に色や個性がなさそうな人物です。率直な観察だったのでしょう。
 そうすると、安倍首相の健康不安による辞任というのは、やはり少し神話なのかな、と思います
。もちろん、健康にも問題があったのでしょう。あのような突然の辞任は、所信表明演説で一部を読み飛ばすということ以上のことが、何かあったのでしょう。著者の見立ては、病気、参院選大敗の責任、政権運営の行き詰まり、国民の離反の4つの要因による複合型辞任と述べていて、体調よりも、政権の弱体化と国民の安倍離れが深刻だったことにある、と指摘しています。岩波明『精神科医が狂気をつくる』では、安倍首相は「うつ病」になったのではないか、と指摘されていましたが、そうしたものの方が確からしくも思えます。

 2点目。柳澤伯夫氏の安倍復活への熱意

 総裁選や2013年の参議院選挙で安倍首相に寄り添っていた西田昌司参議院議員の証言に次のようなものがありました。

「柳沢伯夫さん(元厚生労働相)が西部邁さん(評論家)に話をして、『安倍さんをもう一度、首相に』と言って、柳沢さんの下で勉強会を始めた。『君も一緒に』と言われて、私も参加した。安倍さんはまだ体調がよくなかったけど、1年間、地味な勉強会をやった。いまの安倍内閣の基になり、その空気が醸成されていった」(39~40頁)

 まず驚くのが、柳澤氏と西部邁氏につながりがあったということですが、それはそれとして、柳澤氏といえば、第一次安倍内閣時の厚生労働相で、「女性は産む機械」という失言をして、安倍内閣失速の一つの原因を作った人物です。発言自体は、出生率改善のための課題についての例え話で行ったもので、本人もまさかこんな大事になるとは思わなかったものであったと思います。
 当時の安倍首相への熱い支持と根深い嫌悪が対立する中、アンチ安倍勢力に上手いように使われてしまった点で、不用意かつ安倍内閣崩壊の張本人の1人です。しかし、安倍首相は、ワイドショーでどれだけ騒がれて、支持率を落とそうとも、柳澤氏を守り抜いたのですね。柳澤氏は、その恩を忘れていなかったようです
 柳澤氏には、派閥は宏池会で、元大蔵官僚ということで、それほど確信的保守という印象がなかったので、安倍氏を支援する人物という雰囲気はなかったので、やはりあの時の恩返しなのでしょう。柳澤氏が準備した勉強会で、自信をつけた安倍氏が現在につながるというなら、これほど嬉しいエピソードはありません
 ちなみに、このエピソードを紹介した西田氏は、総裁選出馬見送り論者で、安倍首相に「あのとき反対したのは、おふくろと兄貴と西田君くらいだ」と言われたそうです。しかし、この西田氏は、さんざん消費税増税反対を主張しておきながら、参議院選挙で当選したら、華麗に増税容認に転換したのだから、政治家というのは選挙のためには何でも言うんだな、と改めて考えさせられた議員です。最近、名前を聞かなくなったのは、良いことに思います。

 3点目。石破茂氏と消費税
 自民党は、2010年の参議院選挙で消費税増税を公約に掲げました。その内幕を、当時の政調会長の石破茂氏が証言しています。

「麻生内閣で、09年に改正された所得税法の附則に『消費税を含む税制の抜本的な改革を行うため、平成23年度までに必要な法制上の措置を』と入れた。党内には、野党がいい子になってどうするんだ、選挙にならないと言う人もいたが、マジョリティーにならなかった。あと何分かで公約発表というとき、谷垣総裁、大島幹事長、私、財務金融部会長の林芳正さん、野田税調会長、党政権構想会議座長の伊吹文明さんで協議した。異論も出たが、私は『絶対に10%』と叫んだ。そこで総裁が『これでいこう』と決めた」(126~127頁)

 民主党政権を崩壊させ、アベノミクスに黄色信号をともさせた原因が、この時の自民党の消費税増税方針です。菅直人首相は、これに乗っかるように、消費増税を突如として主張しだして、こちらは衆院選のマニフェスト違反ということで、選挙に負けました。しかし、この消費税増税だけは生き延びて、翌年の与謝野馨氏の入閣と野田佳彦内閣の成立で、本決まりとなってしまいました。
 そう考えると、この自民党の2010年の自民党の公約というのは、もっとも大きなターニング・ポイントとなったわけです。その立役者は、自分であると石破氏は述べているのです。こう考えると石破氏というのは、確信的な緊縮財政論者となります。そうなると、現在の安倍自民党との整合性はどうなるのでしょうか。
 安倍首相は、財政再建に後ろ向きなわけではありません。消費税増税には、慎重なものの否定はしていないのです。しかし、その一方で、安倍首相は、増税して経済成長が鈍化、または不況に陥ったら、かえって減収になってしまうと懸念して、まずは景気回復として、金融緩和は財政の拡大を政策として掲げているのですそして、その政策によって、4度の国政選挙に勝っています。ですから、現在の自民党というのは、まずは景気回復で、消費税増税はその結果次第である、というのが有権者に認められた政策となります
 しかし、石破氏の現在の主張を聞いてみても、何が何でも消費税増税という路線に聞こえてしまいます。そう考えると、有権者の支持を受ける現在の自民党とは異質な政策理念を持っている人物と言えます。もし石破氏がポスト安倍に名乗りを上げて総裁になったとすると、その正統性は著しく低いということになります
 有権者は、消費税増税に慎重でアベノミクスによる景気回復をはかる安倍自民党に政権を任せているのであって、自民党だから支持しているのではありません。ですから、現在の多数を任されている自民党の総裁になるべき人物は、アベノミクスの継承者以外には本来はありえないのです。その点で言うと、石破氏はもっとも適格性に欠くと言えるでしょう
 もし、石破氏が総裁になるのなら、一度、安倍自民党政権が総選挙で負けて下野した時に限ります。野党になってからの政策転換は、現状の政策が否定されて政権を失ったのだし、実際に施政に影響を与えるわけではないので自由です。しかし、現在の与党である自民党の総裁に、アベノミクスを否定する人物がなることは認めるべきではないでしょう。これはまた有権者から首相を選ぶという権利を失わせ、かつての自民党政治に戻ることになります
 そもそも、麻生内閣、野田内閣がなぜ選挙に敗北したか。どちらも、郵政民営化の否定や構造改革の後退、マニフェストにない消費増税決断という政策転換を有権者にはかることなく実施したからでした
 そうなると、現在の石破茂氏には現在の自民党の総裁になる正統性はないので、ポスト安倍は石破という流れには強く反対したいと思います

評価 ☆☆

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2016年9月13日 (火)

塩田潮『まるわかり政治語事典』

点検読書233

副題は、「目からうろこの精選600語」
平凡社新書(2011年6月15日)刊


日本政治


新聞の政治欄やワイドショーのニュース解説で、時折使われる、「ゆ党」、「身体検査」、「死に体」、「どぶ板選挙」などの政治の業界用語。これらの使い方から語源まで、著者秘蔵の「政治語ノート」から600語を精選して紹介する。


6部構成

1:3・11後の政治語(序章)

2:政権運営の政治語(第1章)

3:民主党政権の政治語(第2章)

4:権力闘争の政治語(第3章)

5:政治家を表す政治語(第4章)

6:政治家語録(第5章)

コメント
 分かっているようで、分からない政治解説で使われる言葉の解説本です。

 例えば、「どぶ板選挙」。

 有権者を訪ね歩いたり、選挙の祭や集会などにこまめに顔を出したりと、有権者に密着した選挙運動をする手法を表現するところで使われるのですが、「どぶ板」とは何か、というのは知りませんでした。正解は、家の前のどぶの板の修繕の陳情を受けるほどに、有権者に密着する、という意味だそうです

 また、「コスタリカ方式」。

 同一の選挙区を地盤とする同じ党の候補者に対して、選挙区と比例を交互に入れ替わるという協定を結ぶ選挙協力の手法です。これをなぜ「コスタリカ方式」というかというと、コスタリカでは、同一選挙区に連続して立候補をすることを禁止する制度をとっているそうなのです。それを森喜朗氏が取り入れて名付けたのだというのです。ここで、森元総理の名前が出てきたことが意外であります。

 「やはり野に置け蓮華草

 たまに聞く言葉ですが、全く意味が分かりませんでした。本書によると「政界は一寸先は闇」という名言を残した川島正次郎自民党副総裁が、佐藤栄作内閣時代の1966年8月の内閣改造で、子分の荒舩清十郎を運輸相に押し込んだのだが、一ヶ月後、国鉄の急行列車を選挙区の深谷駅に停車させるように横車を押していた事実が判明して、辞任に追い込まれました。それに対し、川島は、大臣不適格の人物を入閣させたことに対して、「やはり野に置け蓮華草」と、自身の不明を恥じたのだそうです。つまり、レンゲのようなありふれた花というのは、立派な花瓶にさすよりも、野原に生えていた方が見栄えがする、人間には分というものがある、という意味だそうです

 大平正芳の「アーウー」というあだ名。

 大平は、国会答弁などで、語句と次の語句の間に「アーウー」というつなぎの雑音を入れるために、言語不明晰で不明瞭だと受け取られ、愚鈍に見られていました。そのイメージを表現した「アーウー」は、そもそもは大平が自民党幹事長だった福田赳夫内閣時代に、竹下登が、「大平さんは「アーウー」の感じです。しかし、「アーウー」をとってみると、美文になってますよ」とインタビューに答えたことが始まりだそうです(岩見隆夫『角さんの鼻歌が聞こえる Part2』、潮出版社、1980年)。こうして、大平のイメージをつくっておいて、自身は、「言語明瞭、意味不明瞭」というあだ名をつけられて、喜んでいるのだから、竹下登はやはり先の先まで見通していた怖い政治家のように思えてしまいます。

 「お心を痛めておられるご様子

 これは、大平の腹心の一人・前尾繁三郎衆議院議長が、死の直前に、議長時代の秘書・平野貞夫氏につぶやいたものだそうです。
 一体何かというと、1968年に核保有3カ国を含む62カ国が調印し、70年に発効した核不拡散防止条約に関することらしいのです。この条約は、日本も70年2月に佐藤内閣が調印したのですが、批准は6年余りも店晒しになっていました。そこで1976年12月、前尾の議長任期が切れるに際し、その批准を実現させた理由について述べたのが先の言葉。

内奏で天皇陛下に会うたびに核防条約のことを聞かれていたからだ。陛下は外国の元首と会ったとき、必ずといっていいほど話題になる核防条約について、随分、気にしていた。唯一の被爆国として、調印したまま、長期間、放置していたことに、相当お心を痛めておられるご様子だった」(平野貞夫『ロッキード事件「葬られた真実」』、講談社、2006年)。

 どちらかというと、前尾は、与野党協調を旨とする一方で行動力と決断力に欠けると評されていたのですが、この時ばかりは批准に情熱を見せたのはどうしたわけかと疑問に思われていたのですが、真相は昭和天皇のご意志を忖度した最後のご奉公であったというのです。正直、小沢一郎氏の側近として知られる平野氏の発言なので、信憑性に欠けるところと、昭和天皇の政治利用じゃないの?という気もしないではないですが、興味深いエピソードではあります。核武装をとなえる人は、右派ナショナリストだけど、ロイヤリストではないのよね、とよく指摘されますが、そうしたことを裏付けるでしょう。本当の話なら。

 本書は、2011年の菅直人政権末期に出版されたものですが、「正統性」の欄も興味深いです。著者が言うには、「政権の成立、存続について、「被治者」である国民から見て納得できないと思うほど根拠が脆弱であれば、正統性が怪しくなる」(57頁)と指摘したうえで、2009年の麻生太郎内閣時代の麻生首相が、郵政民営化について質問されると「民営化には賛成ではなかった」と答弁したことが、05年で多数を獲得した政党を基盤にした政権なのに、その正統性を自ら否定した、と批判されています。また、当時の菅直人首相も就任後、「09年の総選挙で民主党が掲げたマニフェストの全面見直しを言い出した」ことが、自らの政権の正統性を否定した、とされ、「総選挙で改めて審判を受けなければ、内閣の正統性に疑問が持たれ、政権が死に体化する恐れがあった」と述べられています。
 これは、全くその通りで、05年以降では、第一次安倍晋三内閣で郵政造反者を復党させてしまったことが、安倍内閣の崩壊につながっていたことを思い出させます。安倍首相は、国民との約束よりも自身のイデオロギーに近い人たちの救済を優先している。つまり、国民よりもイデオロギーを選ぶ人なのだ、と信用を失ったことが失敗の源だったのでした
 また、菅直人首相が、マニフェストを見直すという発言をした際に、当時の世論調査や新聞論調などがマニフェストにこだわるな、というサインを出していたことを踏まえてのことだったのでしょう。結局のところ、消費税増税をどうしてもしたい省庁とそれに繋がるメディアとの合作に、「国民の声」というものが利用されたかたちになりますが、「有権者の意志」は公約破りは認めない、というものであったことが、2010年の参院選挙と2012年の衆院選挙で示されたと思います
 現在の安倍内閣が、安定しているのは定期的な選挙で勝っていて正統性があるからです。丸山眞男は、「本当にデモクラティックな権力は公然と制度的に下から選出されているというプライドを持ちうる限りにおいて、かえって強力な政治的指導性を発揮する」と述べています(「軍国支配者の精神形態」、1949年)。安倍首相の自信に満ちた政権運営とは、そうした正統性が自分にはあるという「プライド」があるからでしょう。選挙に勝ったから自信に満ちた政権運営ができ、安定した政権運営をしているから選挙に勝てるのです。どちらにしても、選挙での勝利という正統性が必要になります。
 現在、自民党総裁の任期延長論などの話がありますが、本来なら、そんなものは撤廃して、国政選挙で敗けるまでは総裁を続けさせるべきです。不十分とはいえ、二大政党制の体裁があるのですから、首相は国民に選ばせた方が安定した政権運営ができると思うのです。もっとも、我々は鳩山由紀夫政権という日本人が初めて自分で首相を選んで失敗したという負の遺産がありますので、それもホドホドにという気もしますが・・・。

評価 ☆☆


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2016年9月 3日 (土)

森政稔『迷走する民主主義』

点検読書229

ちくま新書(2016年3月10日)刊


政治学――日本政治


現代の世界的変動の中でデモクラシーが直面する困難を背景に、失敗に終わった政権交代とその後の政治における安倍政権の独走状態の現代日本における民主主義の意義と限界を思想的に問いなおす。


3部構成

1:現代民主主義の苦況(第1~3章)

2:戦後日本の政治と政権交代(第4~7章)

3:民主主義の思想的条件(第8~10章)

コメント
 本書は、変動する現代の世界において民主主義が直面する問題について考察する第Ⅰ部や現在の民主主義が課題とする問題は何かを問う第Ⅲ部などが、現在の民主主義思想のあり方や見通しを政治思想史、政治哲学的研究成果を盛り込んで解説してくれている点で、民主主義を概観するのに便利な本です。

 しかし、圧倒的なボリュームで語られる第Ⅱ部の政権交代と日本の民主主義に関する箇所が、面白かったです。
 著者は、現在の安倍政権を「暴走」と呼ぶように、この政権に対して良い印象を持っていません。ですから、安倍政権がなぜ支持され続けているのか、またその支持の源泉である経済政策についての考えに誤解があるように思えます。しかし、だからといって民主党政権を擁護するかといえば、そうではなく、徹底的に批判しています。
 とりわけ著者が力を入れて批判しているのが、運輸行政でした。つまり、民主党政権が行った高速道路無料化政策によって、自動車に比べてCO2排出量の少ない船舶や鉄道貨物などの業界に打撃を与えて、環境負荷の小さい手段へと輸送を移行させる「モーダルシフト」を逆行させた、というのです。これは、民主党政権が掲げていたCO2削減政策とも矛盾しますし、政策の整合性がチグハグだというのです。
 また、震災後、被災地救援の名目で行われた東北地方の自動車道無料化政策でも、同様のチグハグさがあったそうです。この場合、北関東以北のインターチェンジを使用すれば、あらゆる車が無料となったため、九州から首都圏へ向かうトラックが茨城県のICまで行って東京方面にUターンするということが頻発しました。それは、税金の無駄遣い、CO2の排出増加、茨城のIC付近ではトラックが激増して、子供の登下校に危険だという批判があって、見直されたということがあったそうです
 こうした運輸行政に見られるように一事が万事、民主党政権は、経済観念や想像力の著しい欠如の下で、壮大な「社会実験」をして失敗したというのです。
 本書は、戦後の日本政治も振り返りつつ、強いリーダーシップが発揮できない政治システムから政治的統合を強める政治改革を行った結果、首相はかなり強力な権力を獲得するようになったものの、その使い方が以上のように行き当たりばったりになると大変な失敗をもたらすということに、現代民主主義の危機を持っているのです
 著者の立場からすると、次々と民主党政権とは別の意味で、「戦後政治」と決別しようとしている安倍政権の行動を可能にしているのも、こうした政治改革の結果である、といいます。私は、現在の安倍政権をそれほど危険な政権とは思っていないので、やっと丸山眞男以来の戦後の政治学が目指してきた政治的統合がなされて、首相のリーダーシップと責任が明確な政治体制ができて、日本の民主主義は安倍政権によって強化された、と思っていますので、そうした危機感は共有できていません。しかし、安倍政権が何らかの理由で転倒して政権が崩壊して、また民主党的な政権ができるとなると、それはそれで心配である、ともいえます。もっとも、そこでも有権者の決断がその数年を決めるという責任意識が生まれることは良いことだとも思っているので、それは民主主義のコストとして受け入れていくしかないのでしょう。気に入らない政権ができて、それを民主主義の「迷走」と評してしまうのは、全く無意味な論評でしょうし
 それはともかくとして、思いの外、見逃していた民主党政権とは、何だったんか、また「戦後政治」の決別という点で、民主党政権と安倍政権は表裏一体であったことを思い出させてくれて、良書だと思いました。

評価 ☆☆☆

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2016年9月 1日 (木)

自民党と右翼

前回の続き

 本書の中で、もっとも興味深かったのは、「総理の指南役」という枕詞がついていた安岡正篤について述べているところで、著者が安岡についての本を書いた時の解説に岩見隆夫が次のように書いているというのですね。

「かなり以前のことになるが、自民党のある実力者から、『首相になるための条件の一つは、右翼に手を打つことだ。それができないと政権は続かない。二人の人物がカギとなる』という話を聞いたことがあった。類推では、一人は児玉誉士夫、いま一人は安岡正篤と思われた」
「右 翼(暴力的右翼も含む)から本気で反対された政権は維持できない、と自民党の中枢は見ていた。そして、右翼の暴力装置を統括していたのが児玉であり、理論 的オーソリティが安岡だった。二人の間につながりがあったわけではないだろうが、戦後の首相あるいは首相候補者たちは、この二人となんらかの形で気脈を通 じておく必要があった」(122頁)

 こんなことが書かれていたのでした。たしかにこれは自民党の戦前政治の反省に基いているといえるでしょう。以前紹介した生方敏郎『明治大正見聞史』に次ようなことが書かれています。

「〔当時の政党政治家の疑獄事件を受けて〕政府では、外来の思想に対し、やれ危険思想危険思想と、二言目には危険思想と言っているが、これら新年から引きつづき裁判所の御厄介になった議員諸君の中に、外来思想の一端にでも触れた人間がいるだろうか。いたら、それこそお目にかかる。また、安田善次郎を殺した者、大倉男を脅した者、総理大臣原敬閣下に凶刃を擬した犯人の一人でもが、外来思想に触れるなりかぶれるなりしたものであるならば、吾人また何をか言わん。ところが天か命か、彼らはいずれも誤れる頑迷旧弊思想の持主で、日本外史でもありがたがりそうな連中だ。横文字のヨの字も読んだ人々ではない。彼らの中の一人もが、バクーニン、ソーレル、クロポトキン、レーニン等の信者ではない。マルクス、モーリス、ショウ、ラッセルの渇仰者ですらもない。外来思想はおろかのこと、日本現代の新思想新文芸にすらも与った連中ではない。どれもこれも氏神さんのお札でも配って歩きそうな気の利かない手合だったじゃないか?全く、この分では政府が外来思想を取りしまるのは滑稽なる杞人の憂だ。どちらかと言えば、外来思想を取りしまる如き無能の手数をつくす代りに、外来思想を取りしまる者を取りしまった方が賢こそうに思われる。」(282頁)

 ここで述べられているように、戦前における政党政治家に危害を与えたのは右翼思想にかぶれた連中だったのですね。原敬しかり、濱口雄幸しかり、井上準之助しかり、犬養毅しかり、高橋是清しかり、です。また協調外交の旗手であった幣原喜重郎外相に強く抵抗したのは右翼勢力でした。こうしたことからも、右翼勢力を手懐けることが、戦後の保守政治家にとって安全を勝ち取るためにも必要なことだったでしょう。現に、戦後における政治家に対するテロ事件は、岸信介襲撃事件(1960年7月14日)、浅沼稲次郎刺殺事件(同年10月12日)、石井紘基刺殺事件(2002年10月25日)など右翼団体に所属した者によってなされています。

 かつての昭和期の自民党の実力者が、児玉誉士夫や安岡正篤に気脈を通じていたといいますが、だからといって彼らの影響力が自民党の政策に強い影響を与えていたかどうかは微妙なところであろうと思います。やはり怒らせないように顔を立てる、といったところだったのでしょう。もっとも、児玉誉士夫は、自民党の源流である鳩山一郎の日本自由党結成の資金を、海軍や外務省の嘱託で稼いた児玉機関の資金から提供しているようなので、そうした恩義もあったのでしょうけれども。

 それはともかく、この一節を読んで、気づいたのですが、最近話題の「日本会議」というものも、結局これと一緒なのではないか。そんな気がするんです。

 つまり、「日本会議」は文化集団、思想集団であって、彼らを怒らせたからといって暴力に発展するとは思えませんが、執拗な嫌がらせはするのではないか。民主党政権時に、右派的言論がネット上で幅を利かせたように。だから、自民党の主要政治家たちはこぞって彼らに関わる議員連盟に入っておく。そうすれば、無駄な攻撃を受ける理由が一つ減るわけです。

 そのよう考えると、「日本会議」というのも、数ある圧力団体の一つであり、また自民党が戦前の経験と反省から身につけた知恵として、右翼と気脈を通じておく、というものに過ぎないのではないか。だから、彼らについて真面目に研究しても、現在の安倍政権について考えるヒントにはならないのではないですかね

 また、丸山眞男の「軍国支配者の精神形態」(1949年)という論文に次のような一文が書かれています。

「下剋上とは畢竟匿名の無責任な力の非合理的爆発であり、それは下からの力が公然と組織化されない社会においてのみ起る。」

 これは、帝国憲法下の政治システムというものが、下位の地位にいるものに引っ張られてしまって、リーダーシップがとれない状態と「下剋上」と呼んで、それを説明しているものです。問題の点は、「下からの力が公然と組織化されない社会」というものです。これは、非民主主義的社会において、最下層にいる民衆の不満を体制に組み込むシステムがないために、彼らは排外主義的な気分を生みやすく、軍や右翼はそれらを煽りつつも、逆に引っ張られてしまうということを述べているのです。

 しかし、これは戦後の無自覚的な右派傾向の民衆にも当てはまるのではないか、と思うのです。つまり、戦後社会は男女普通選挙という形で、すべての国民の意志というものが選挙のかたちで尊重されます。しかし、1960年以降の自民党は、憲法改正を政治課題に載せることがなくなりましたし、新聞・テレビから得る論評は護憲・平和主義であるし、知識人には左派が多かったので本を読んで勉強したり、大学の講義を聞いても右派的な言論に触れることはありません。彼らは、常に不満を持ち続けているのです

 しかもやっかいなことに、彼らは組織化されることがほとんどありません。右翼傾向のある人は、自分が右翼であると自覚しませんし、認めません。左翼の人は、自ら選び取った思想であるということが多いので、自分を誇りを持って「左翼である」と主張します。しかし、右翼の人は、自分は「普通の日本人だ」とか「外国では普通」というように、自分の思想傾向を認めません。そうすると、自分たちで右翼団体を結成しようとか、既存の団体に参加しようとはしません。

 右翼思想というのは、普通の人の感覚を少し鋭くしたものの発展です。例えば、「自分は日本人だ」という感覚を大多数の国民は意識していますが、これが鋭くなると「日本人は、外国人とは違う」ということになります。また、「日本はいい国だ」というのも、多くの国民が考えていることかと思いますが、鋭くなると「日本が悪いことをするはずがない」になります。

 同様に、「日本には天皇がいる」は「万世一系の天皇を戴く世界でも無比の國體」になりますし、「なんだかんだ言っても自衛力は必要だよね」が「帝国陸海軍を復活すべし」になり、「日本は独立国である」が「他国の言いなりになってはならない、口出しするな」になります

 左翼の場合は、勉強したり、主体的な選択によって、その思想を獲得しますし、自分たちは反体制派である、という自覚があります。ですから、たとえ少数であっても、自分たちの考えに同意してくれる団体・政党が存在していれば、満足できます。もともと、少数派を選んでいるのですから。

 しかし、右翼は普通の人の感覚をより鋭敏にしたものなので、自覚的というよりも自然になることができるので、無自覚な場合が多いのです。そうすると、自分は「普通」の感覚でモノを考えているのに、自分の「普通」の意見を、マスコミが言わないのはおかしいし、日本政府が自分たちを代表していないのはおかしい、と考えるようになってしまいます。これは、先の「公然と組織化されない社会」と言えるでしょう

 そうしますと、こうした人々の不満というものをどこかで汲み取らなくてはなりません。そうしたものの象徴が、「日本会議」などの右派団体への接近なのではないでしょうか。かつては、児玉誉士夫と安岡正篤という象徴的人物であったですが、現在は「日本会議」という団体にかわったのではないか、と思うのです。

 先にも書きましたが、一般国民より少し右寄りの人というのは、基本的には右派団体には所属しません。しかし、「日本会議」に代表されるような右派団体の主張に近いものがありますし、気づいていないだけで、彼らに近い学者や評論家たちの意見に耳を傾けているのだと思います。ですから、自民党のリーダーを狙うような政治家は、統制された右派団体に近づき、彼らにリップ・サービスをしておけば、「公然と組織化されない」右派の国民感情も引っくるめて、多少の不満の解消が可能になります。これによって、政権の安定が保てるのです

 これが、戦後および現在の自民党と右翼との関係なのではないでしょうか。つまり、右派団体への接近は、政権の安全弁なのです。しかし、これがもし丸山眞男のいうように「支配層は不満の逆流を防止するために自らそうした〔排外主義的な〕傾向を煽りながら、却って危機的段階において、そうした無責任な「世論」に屈従して政策決定の自主性を失う」ということになれば、政治の危機となることは言うまでもありません。

 今のところ、安倍晋三首相は本人も認めているように「排外的な姿勢を取ったことは、私は基本的に一回もないですからね」(田崎史郎『安倍官邸の正体』、163頁)というように、排外主義を煽るような主要な政治指導者は日本にはいません(どちらかと言えば、左派の指導者の反米の方が「排外的な姿勢」でしょう)。そこは安心して良いと思います。排外主義を煽る指導者と、右派団体が結びついたことが確認できた時、これが注意のポイントになるのでしょう

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2016年8月31日 (水)

塩田潮『戦後政治の謎』

点検読書227

副題は、「自民分裂を予感させる「30の真実」」
講談社+α新書(2008年9月20日)刊


日本政治


鳩山一郎の日本自由党結成から福田康夫の突然の辞任会見までの自民党を中心とした戦後政治を描き出す。そこから見えてきたのは、政治的統合が欠如し、首相のリーダーシップが発揮できない分権的な政党システムであり、そうした旧態依然たる自民党の時代が終わり、野党転落も含めた分裂、再編、再出発は不可避である。


4部構成

1:日本自由党結成から自民党結成まで(一~三)

2:岸信介から中曽根康弘の自民党全盛期(四~十四)

3:リクルート事件から非自民連立政権成立まで(十五~二十)

4:自社さ政権から二大政党の時代へ(二十一~三十)

コメント
 本書が描く戦後政治史というか、自民党史は分権的な派閥の連合政権に基いて成立していたがために、常に足の引っ張り合いの陰謀が渦巻き、首相がリーダーシップを取れない、というものでした。つまり、首相の功績が、自分たちの政党の全体の功績と感じられずに、首相の出身派閥の功績となり、また自分たちの親分の首相への道のりが遠くなると感じさせるために、あまり成果を挙げさせないようにする、というのが当然であったわけです。
 それを変えるために、同じ政党同士が競い合う中選挙区制から当選者が一人の小選挙区制に変えることで、政党の統一感を強化したのでした。そのためでしょう。例えば、小選挙区制実施後の政権である橋本龍太郎内閣は、行政改革を成し遂げましたし、弱体とされた小渕恵三内閣ですら、日米防衛協力のためのガイドライン法、憲法調査会設置法、国旗・国歌法、通信傍受法を含む組織的犯罪対策法、改正住民基本台帳法などの法案を通しました。これらは、かつてだったら一つの内閣が一法案通せたぐらいの重要法案とされ、まかり間違えば内閣が吹っ飛ぶとされたような法案だったそうです。しかし、それを弱体とされた小渕内閣が通せたのです
 考えてみれば、当時の政治番組などでは、野中広務官房長官のちに幹事長の専制と非主流派から呼ばれていた時代で、かつての自民党はもっと自由だった、と非主流派の意をうけた政治評論家たちが述べていました。それが変わったのです。
 しかし、そうした新しい流れは小渕首相の下の野中広務氏や小泉純一郎首相など強力なリーダーシップを発揮できる人物がいないと実現できないという属人的なもので、自民党はそれに対応できていない。そのように、この2008年段階には思われて、政界再編か野党転落は免れないというのが、著者の見立てでした。そして、それは正しかったのですが、その次の民主党も寄せ集めの選挙互助会という自民党的な体質を残しており、同じように政治的統合の弱さによって崩壊の道をたどったのでした。そもそも自民党の分裂によってできた政党だけに、そうした分裂、陰謀、足の引っ張り合いという遺伝子を残していたのかもしれません。それが解消したのが、「安倍一強」といわれる現在の自民党なのでしょう。

つづく

評価 ☆☆

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