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伝記

2017年2月 4日 (土)

野上忠興『安倍晋三 沈黙の仮面』3

前回のつづきです。

 野上氏の安倍本のつづきです。

 あとがきに書かれていることですが、「第2次政権を担って以後、特定秘密保護法、武器輸出3原則解禁、集団的自衛権行使容認、そして安保法など、「まるで戦前回帰の軍国路線まっしぐらと映る」(自民党ベテラン議員)タカ派色だ」と自民党のベテラン議員の発言を引いて批判しています。

 しかし、これらの政策は「戦前回帰の軍国路線」なのでしょうか。戦前の軍国路線というのは、国の予算の半分くらいが軍事費であったり、士官級以上の軍人への処罰の甘さ、非国際協調主義的で単独行動主義、また欧米列強に対する敵意によるアジアモンロー主義的な政策、国際紛争解決のための武力行使への傾斜、国際社会の現状打破勢力に組みしたこと、私有財産を否定する社会主義的言論ばかりではなく政府を批判する自由主義的な言論への弾圧等々に特徴があるでしょう。安倍政権には、これらの特徴があるのでしょうか。
 まず特定秘密保護法というのは、安全保障に関わる情報の漏洩を防ぐための法律であり、基本的には罰則対象は政府の中にいる公務員です。また、なぜこうした法律が必要になったかといえば、外国からもたらされた情報を外部に漏らした場合の罰則規定が日本にはないために、同盟国であるアメリカでさえも日本と情報を共有したがらない、という事情があったからです
 具体的にそれがあらわれたのが、2013年8月31日にオバマ米大統領が表明したシリアへの軍事攻撃に対する日本の支持をめぐる暗闘です。詳しくは山口敬之『総理』第4章を読んでいただくとして、簡単に述べると、安倍首相はシリアへの軍事攻撃への支持を求めるオバマ政権に対して、アサド政権が市民に化学兵器を使った決定的な証拠を出さない限り、日本は支持しないと交渉を持ちかけたのでした。これは、不確かな情報によってブッシュ政権のイラク攻撃を支持してしまった小泉純一郎政権を政権中枢で間近に見てきた安倍首相の反省に基づく対応です。アメリカ側は、当初はそれを拒否します。しかし、安倍首相は山口敬之氏へのメールが傍受されていると想定しつつ、強い拒絶の意思を明らかにしていると、アメリカ側が折れてきて、明確な映像証拠を出した上で、支持を求めてきたというのですが、特定秘密保護法がない日本に恩を着せたという不満を表明されたそうです
 そうなると日本側は、安全保障に関わる情報統制法を整備する必要が出てきます。それが2013年10月25日の閣議決定、同年12月6日参院通過というスピード成立を必要とした理由となったのです。ですから、特定秘密保護法は国際協調主義に基づいたものであり、単独行動主義でもアジアモンロー主義に基づくものでもありません

 集団的自衛権行使容認と安保法制も同様です。そもそも「集団的自衛権」という概念は、第二次大戦末期に成立した国連憲章第51条によって成立した概念です。これだけで「戦前回帰」という批判は無知から出たものと言えるでしょう。
 もっとも、軍事同盟というのは、有史以来存在したものですから、それを集団的自衛権と考えれば、「戦前」にもあったに違いありません。しかし、国連憲章で成立した集団的自衛権は、あくまで大国で構成される安全保障理事会の常任理事国の恣意的な拒否権の運用によって、小国の安全保障が守られない場合に備えたものであって、しかも安全保障理事会による集団安全保障的措置をとるまでの限定的な対処に限られます。単なる軍事同盟を根拠付ける権利ではありません。
 また、戦前の「軍国路線」の失敗というのは、東アジアにおける単独行動主義とドイツ・イタリアなどの現状打破勢力と軍事同盟を結んで、ともに新しい国際秩序を創出しようとしたことでした。今般の集団的自衛権行使容認の憲法解釈は、安全保障理事会の常任理事国の主要な構成国であるアメリカ合衆国との協調を確かにするためのものであるし、また安保法に含まれる駆けつけ警護は集団的自衛権との関係というよりも、国連による集団安全保障体制への寄与を意味するものであって、日本が国際協調主義に一歩踏み出したことによります。これらによって考えれば、一国平和主義という単独行動主義や現状打破を唱える勢力との協調ではなく、現状維持勢力や国際機関へのさらなる関与を拡大するという意味で、反「戦前の軍国路線」であるのは、明らかであるでしょう。また、小川和久氏の著書によると、日本側が日米地位協定の協議をしようとすると、アメリカ側は集団的自衛権行使容認ぐらい決断してから話しに来い、と言って門前払いを食らわせるそうです。この点でも沖縄の現状を変える素地をつくるためにも必要な措置なのかもしれません。
 もっとも、これらによって自衛隊の任務が増加し、場合によっては戦後においては2001年の海上保安庁の巡視艇による不審船への撃沈以外行われたことのない他国軍やゲリラへの攻撃による死傷者の発生はあるかもしれません。人の命を奪わない軍隊としての自衛隊の性格は変わるかもしれませんが、そもそも個別的自衛権の行使としての自国防衛の際には、侵略軍を殺害することは当然となりますので、それが自国への侵略軍か国際社会の無法者かという違いのみで、想定としてはあまり違いがあるとはいえません。生命尊重の理想によって、安倍政権の路線転換を批判するのは、一つの立場かもしれませんが、それを「戦前回帰」と批判するのは、お門違いでしょう
 あと、武器輸出3原則の解禁は、実は野田佳彦民主党政権で例外規定の拡大をしており、安倍政権はそれを推し進めたに過ぎないのでした。また駆けつけ警護に関する法律改正も野田内閣の下で進められていました。これら武器輸出3原則の例外拡大や駆けつけ警護もそうでしたが、尖閣諸島国有化によって日中関係を最悪にしたり、慰安婦問題での協議拒否によって韓国側を怒らせ、李明博大統領による竹島上陸という実績を作るきっかけとなったり、原発再稼働を推進したり、公約にない消費税を増税したりと野田内閣の1年のほうが色々問題が多かったように思いますが、この点についての批判が安倍政権に比べてないことが不思議です
 また著者は、『論語』の「子貢問政」にふれて、孔子は民の信頼>食>兵の優先順位を付けているが安倍首相は逆になっていると批判しています。しかし、これもどうなのか。
 安倍首相の最大目的はたしかに憲法改正なのでしょう。しかし、安倍政権の経済政策によって失業率を減らして、有効求人倍率を急上昇させて、新卒の労働市場を売り手市場にしていることは確かなのです。また失業率の低下によって、自殺の総数が毎年数千人程度減少しているという事実があります。これは、安倍政権が何よりも「食」、つまり民衆を食わせていくことに政権の重要課題としていることのあらわれです。本書において、安倍政権の経済政策について、最後に「色あせたアベノミクス」という消費税増税批判のないアベノミクス批判というお定まりの批判一箇所しかないのが、著者自身の民を食わせることへの軽視を感じます
 また日本で初めて税に関する政策変更を争点として総選挙を実施したというのも「民の信頼」を重視しているあらわれでしょう。そもそも「民の信頼」がなくて、どうして国政選挙で前代未聞の四回の勝利と高支持率を維持できるのか。民の信頼よりも軍事優位であったら、もっと大胆な憲法解釈の変更だってできたはずです。これらの点を著者は、どう考えているのか。正直、不思議でなりません。

 まぁ、このように本書については疑問点が多いのですが、事実関係にふれた証言集としては大変面白い本です。また、拉致問題に関する安倍政権の取り組みと失敗に関しては、著者の言うとおりであると思います。日本が国家意思を示したという点で、小泉政権時の安倍官房副長官の強硬路線というのは歴史的に意味があったかもしれませんが、北朝鮮側の信用を全く失わせる悪手であり、その後の交渉に制約をつくってしまったことは否めません。こうした点は、拉致問題にそもそも関心のない左派リベラルから出ない批判であるし、拉致問題の解決や被害家族に対する同情は示しつつも柔軟路線への批判によって道を閉ざしてしまっている右派保守からも出ない批判でしょう。その点は貴重です
 安倍首相のパーソナリティについて、批判的な読み方も必要ですが、重要文献の一つとなるでしょう。

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2017年2月 3日 (金)

野上忠興『安倍晋三 沈黙の仮面』2

前回のつづき

 さて、安倍首相の幼少時代からを描く本書なのですが、そのエピソードの一つ一つは面白いものの、著者の現在の安倍首相に対する評価には少々疑問に思うところが多く、その点をもう少し述べたいと思います。

 例えば、安倍首相の保守主義について次のように述べています。
「重層的な歴史を重んじようとする保守思想とは、排除の論理ではなく、もっと深く広く文化や思想の違いを包含できるものでなければならないようにも思うが、安倍にとっては革新、リベラルは常に敵でしかない。これではずいぶん底の浅い保守しそうに見えてしまう。」(151頁)

 たしかに近代日本の保守主義の思想家として知られる陸羯南の「国民主義」というものは、自由主義も平民主義も共和主義も貴族主義も個人主義も国家主義も含まれるという特徴を主張していました(『近時政論考』)。しかし、この羯南の思想は、一方で様々な思想を包含するがゆえに、国民の中にある多様な価値観や利益の間の対立を見えなくしてしまう機能も果たしてしまう可能性もありました。つまり、本来は相容れず対立し、どちらかを選択しなければならない場合に、「まぁ、同じ国民だし、仲良くしようよ」という言葉によって、有耶無耶にしてしまうというようなものです。

 そもそも保守主義や保守思想は、単に歴史や伝統を大切にするという考え方や態度ではなく、明確な敵が現れた時の反応として、守るべき価値を改めて思想化するというものです。それならば、その敵に対して強い反発や批判は当然のように見られます。
 近代保守主義の元祖とされるエドマンド・バークの『フランス革命についての省察』を開いてみれば、彼が敵視する革命運動家への辛辣な批判や軽蔑に溢れています。現状維持や穏健という単なる保守的態度ではなく、「思想」であり「主義」として理論化を試みているのだから、その正当性を主張するためにも敵に対して攻撃的であるのは当然です
 安倍首相の保守思想は、「「進歩派」「革新」と呼ばれた人達のうさん臭さに反発した」ところから魅かれていったということですから、「進歩派」「革新」への反発の上で思想化したもののようです。それならば、相手に対して攻撃的であるのは確かでしょう。しかし、安倍首相が、その権力を使って、リベラルや左派の政治運動を排除したという話は聞いたことがありません
 反安倍のテレビコメンテーターが次々と降板していくのも、官邸が権力を使ったというよりも、視聴者から飽きられたことが原因でしょう。何だかんだ言っても国民が次の首相を選ぶ総選挙で勝利させて選出された二人目の首相であるし、国政選挙で4回も勝たせている政権です。さらに支持率が、常に40%ほどある政権なのですから、まるで評価せずに頭ごなしに批判ばかりであると、有権者である視聴者がバカにされたように感じるだけです。コメンテーターもその点を理解して、バランスの取れた評価と批判をしなければ、視聴者にソッポを向かれるのも当然でしょう。
 また、著者は、父・安倍晋太郎の「指導者たるものは先頭に立つ必要はなくバランスが大事だ」という趣旨の発言を引いて、「私が~」が多い安倍首相を批判しています。
 しかし、これこそが日本政治の無責任体制の最たるもので、指導者がバランスを取って誰からも批判されないようあらゆる立場からの意見を聞いていったら、その政策が失敗した場合、誰が責任を取るのか。指導者は各方面に配慮してと逃げるし、立案者は提案しただけ、賛同者は大勢に従っただけと責任の所在がはっきりしません。
 その点で、安倍首相は責任意識が明確です。すべて安倍首相の考えとイデオロギーに基いて決断していると述べているのだから、うまく行っていれば、それは首相の実績であるし、失敗すれば、それは直接安倍首相へと責任が及びます。国民主権というのは、国民の意向によって政権の選択を可能にすることであると思います。その点で、何を考えているか明確な安倍首相は、国民の選択基準を与えてくれている分、きわめて民主主義的な指導者であると思います
 私の理想とすれば、安倍氏を首相へと返り咲かせた有権者が、今度は自分の手で選挙によって退陣させることが日本の民主主義の発展のためには望まれるところであると思います。第二次大戦の勝利の英雄であるチャーチルを選挙で退陣させたイギリス国民のように。ちなみに私は、基本的にはアベノミクスを推進する安倍政権に対して支持をしていますが、消費税増税を「私の決断」と述べて断行した安倍首相を支持する訳にはいきませんから、それ以後の国政選挙において選挙区か比例のどちらかの一票は、消費税に一貫して反対している共産党に投じております。消費税増税の凍結か減税を公約にしない限り、私の投票行動は変わらないでしょう。

 あともう少し述べておきたいところがあるので、続きは次回です。

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2017年2月 2日 (木)

野上忠興『安倍晋三 沈黙の仮面』

点検読書244

副題は「その血脈と生い立ちの秘密」。
小学館(2015年11月15日)。


日本政治


祖父・岸信介、父・安倍晋太郎の時代から自民党の福田派ー安倍派を中心に取材してきた政治記者による安倍晋三首相の評伝。深く安倍家に食い込んだ経歴から、安倍首相の養育係や小学校時代からの同級生・教師などからの証言を交えて、岸信介に憧れた政治家・安倍晋三の半生を描く。


1:少年時代(第一章)

2:高校から神戸製鋼時代(第二章)

3:政治家秘書時代(第三章)

4:若手議員から拉致で注目の時代(第四章)

5:幹事長・第一次安倍内閣時代(第五章)

6:第二次安倍内閣時代(第六章)

コメント
 安倍家に長く関わってきた著者だけに愛憎半ばする評伝。
 率直に言って面白い。
 自己主張が強く、生意気で絶対に涙を見せない子供でありつつ、中学生になっても養育係の布団に甘えて潜り込む少年時代。
 周囲の期待とは裏腹に勉強が苦手な高校時代。
 アルファロメオで登校してコンパと麻雀と部活に勤しむ一方で要領の良さで単位を落とさない大学時代。
 選挙区の事情により政略的に就職したものの周囲から可愛がられる神戸製鋼時代。
 政治家秘書として間近に見る政治と父の死。
 他の同僚たちが政策で脚光を浴びる中、結果が出ずに「タカ派議員」としてのキャラ付けをし、清和会のプリンスとして出世の階段を登る新人議員時代。
 実績がないままに重責を負わされて潰れていく第一次安倍内閣時代。
 「右傾化」と「独裁者」として振る舞う第二次安倍内閣時代。

 先にも書いたように著者は、安倍家にかなり深く食い込んで取材をしてきた政治記者であり、安倍首相に対してはかなりの思い入れがあるようです。その点が、個人としての人間・安倍晋三を描いている時には大変生き生きと好人物「アベちゃん」が見られるのだけれども、政治家としての「安倍晋三」には批判的というところで、そうした評価の部分には首を傾げざるを得ない部分もあります。

 例えば、ある安倍氏と付き合いが長い自民党議員の証言として次のようなことが述べられています。
「普ちゃんは東大出身者とエリート官僚が嫌い。議員でも東大出身者とは肌が合わないのか敬遠する傾向がある。エリートだった祖父や父に対する学歴コンプレックスの裏返しではないか」(65頁)

 その上、2015年10月に発足した第三次安倍内閣の閣僚に東大出身者が、塩崎恭久厚労大臣、丸川珠代環境大臣、加藤勝信特命大臣、石井啓一国土交通大臣の四人しかいないことも指摘されています。

 かつて第一次安倍内閣が成立した頃、田中眞紀子氏が「首相なら早稲田ぐらい出ていて欲しい」、と自分の父親の業績を否定するような発言をしていましたが、たしかに安倍首相は成蹊大学法学部の出身です。エリート一家の御曹司が、エスカレーター式の私大出身ということが周囲からの嫉妬もあって攻撃の対象となっています。

 しかし、先の引用部の閣僚に関しては、例えば、本人が東大卒の鳩山由紀夫内閣では、岡田克也氏、福島みずほ氏、仙谷由人氏、亀井静香氏、小沢鋭仁氏、藤井裕久氏、原口一博氏で八名と多いのですが(仙谷氏は中退)、安倍内閣の前の野田佳彦内閣では平岡秀夫法務大臣、古川元久特命大臣、平野達男特命大臣の三名のみが東大出身者です。野田第一次改造内閣も平岡氏が岡田克也氏と入れ替わっているだけで三名です。野田第二次になると滝実氏が法相に入って四名になっています。野田第三次改造でも古川氏と城島光力氏が財相として入れ替わって四名です。もっとも、京大やその他の国立大学出身者は多いものの、そうした者を入れれば、安倍内閣でも増加してしまいます。
 ちなみに安倍首相が敬愛する岸信介の最初の内閣では、岸信介、灘尾弘吉、南条徳男、鹿島守之助、小瀧彬の五名です。しかし、この内閣は石橋湛山内閣を引き継いだものですから、岸の人選は改造内閣からです。そこでは、岸信介、唐沢俊樹、一萬田尚登、堀木鎌三、赤城宗徳、前尾繁三郎、正力松太郎、郡祐一、津島寿一、愛知揆一、今松治郎と大臣十九人中十一名が東大卒となっています。このように考えると、著者が想定する大臣は東大卒が多いというのは、官僚政治家全盛の時代であって、私大出身の党人派が首相になり始めると東大出身者が少なくなる傾向があるのかもしれません
 このように、東大出身者の大臣数で安倍首相の東大嫌いを説明するのは、言いがかりのようなものでしょう。もっとも、本書の批判を気にしてか。2016年8月に成立した第三次安倍改造内閣では東大出身者が七名になっています。

 また、安倍首相が東大出身者の議員とは「肌が合わないか敬遠する」というのは、どうなのでしょうか。この辺になると同僚議員の嫉妬の混じった勘違いが入っているように思えます。というのも、安倍首相がもっとも敬愛し信頼した政治家は誰であったかを考えれば、自ずと答えは出てきます。

 そうです。安倍首相を語るにおいて外せない盟友であった中川昭一は東大法学部卒だったのでした。

 近年出版された安倍首相に関する書籍の山口敬之『総理』も阿比留瑠比『総理の誕生』でも一章を中川に当てるほど、重要人物としてふれられているのです。この安倍首相と付き合いのある議員という人物がどうした人物かは分かりませんが、中川昭一と安倍首相との関係を知らないようなニワカ議員か、中川昭一の出身大学が東大とは思っていないような保守に対する偏見の持ち主なのでしょう

 また、安倍首相が東大出身者を敬遠しているのだったら、派閥をこえて側近議員になった加藤勝信特命大臣の位置づけが分かりませんし、総理退任後も安倍首相と親しくしていた今井尚哉総理大臣秘書官や、政見投げ出し後の失意の中の安倍首相を登山に誘ったりと復権に尽力した長谷川栄一内閣広報官、家族ぐるみの付き合いでリフレ政策を安倍首相にレクチャーした本田悦朗スイス大使などの東大出身の官僚たちとの付き合いと信頼関係は一体何なのかという印象を受けます。

 では、そうした東大を敬遠する印象を持たれてしまうのは何故かと言うと、単純に東大法学部出身者に安倍首相が嫌う「リベラル」「サヨク」が多いからでしょう。2015年の安保法制に関わる騒動でも分かるように、東大法学部の憲法学者は一致結束して、安倍政権に反対の姿勢を示しました。一部には、以前には集団的自衛権の解釈変更を容認していたにも関わらず、東大出身の憲法学の権威が違憲を言い始めた途端に、宗旨変えをするような若手憲法学者もいました。これだけでも、東大法学部の雰囲気が分かるでしょう。
 また、消費税増税に関しても、東大法学部出身の官僚、政治家、学者の多くが賛成しており、その失敗が明らかになっても、自分たちの言論の責任を負わずに、もともと増税が含まれていない「アベノミクス」の失敗を主張して、責任回避につとめています。

 安倍首相は、そうした東大の権威によって形作られてきた戦後レジームを脱却するというのが最終目的のはずです。そうした点で、東大出身者を敬遠するというよりも、東大出身者に多い、リベラルで無責任な姿勢に嫌悪感を抱いて、敬遠しているのでしょう事実として、そうした雰囲気に染まっていない東大出身者の政治家や官僚たちを安倍首相の周りに配していますし、また逆に逆に上記のような東大の雰囲気に馴染めなかった人々が安倍首相に期待を持っていたとも言えるでしょう。初代国家安全保障局長の谷内正太郎氏も2009年に出版した回顧録で、安倍首相の復活を待望しているとれる発言をしていまいた。

 もう少し述べたいところがあるので、次回に続きます。

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2016年5月23日 (月)

福田千鶴『後藤又兵衛』

点検読書197

副題は「大坂の陣で散った戦国武将」
中公新書(2016年)刊


日本史――日本中世史


大坂の陣で華々しい戦死を遂げ、後年、歌舞伎や講談で快男児として描かれた後藤又兵衛。後藤は、黒田孝高に見出され、後継者の長政の第一の重臣として出世を重ねながらも出奔し、長い浪人生活を経て、豊臣秀頼の招きに応じ、大坂城に入城する。本書は、後藤の生涯と戦国武士とは何かをテーマに据え、その実像に迫る。


四部構成

1:後藤又兵衛の系譜(第一章)

2:黒田家士官時代(第二・三章)

3:大坂入城とその最期(第四・五章)

4:後藤又兵衛から見る戦国武将(終章)

コメン
 後藤又兵衛。本書冒頭にも書かれているように、戦国時代に詳しい人ならば、その名を知っているものの一般的な知名度で言えば、それほどではない人物です。かくいう私も、大坂の陣で、真田信繁とともに活躍し戦死を遂げた人物というぐらいの認識で、とくに印象はないのです。というのも、本書でも述べられているように、後藤又兵衛は、歌舞伎や講談といったかつての庶民文化の中で活躍していた人物ですが、昭和も半ばを過ぎるとそうした文化は庶民のものではなく、一部の日本文化好きの趣味の対象となってしまい一般的に知られるものではなくなってしまったこと、また時代劇というものが衰微して、テレビドラマ等で後藤又兵衛の活躍を知ることがなくなったことも一つの要因でしょう。もっとも、一昨年の大河ドラマ『軍師官兵衛』で、後藤又兵衛が出ていたので、最近の人は知っているのかもしれない。ただ、私はそれを見ていなかったので、後藤が黒田家に仕えていたことすら、知らなかった、というぐらいの後藤認識でした。
 それぐらいの後藤理解だったので、何で彼が大坂の陣でそれほど重要な人物として扱われ、また引き抜き工作の対象になったのか、また庶民人気の理由もよく分からなかったんですね。本書を読んで何となく分かったような気がします。彼は、ほとんど一からスタートして、本人の力量のみで黒田長政の右腕と称されるまでの重臣に出世し、城まで持たされたにもかかわらず、主君との考えの違いから、そうした地位を投げ捨てて、浪人生活をおくり、さらに華々しく戦場で散っていった。まさに戦国武将の美学に生きた人物だったのですね。
 本書によれば、彼は、播磨とい土地から切り離されて九州の地で知行を受け、また戦場で命を預けれられる主君の下に生きるという中世の武士=戦国武将として生きることを望んだのだそうです。そのため、家名の維持というを長政を裏切り、命を預けるに足る豊臣秀頼という人物に最期を託して、戦国武将として死に、そして名を残すという平安末期の武士の誕生以来の本当の意味での「武士道」の名誉のために生きたということのようです。
 つまり、「一所懸命」という言葉に表れるように、土地と武士は結びついていたのが中世の武士だったわけですが、藤堂氏の法令「殿様は当分の御国主、田畑は公儀の田畑」というように、土地に根付いていた中世の武士は否定され、将軍の命で自由に土地を移動させられる近世の武士の時代がやってきました。また、中世の武士は、武士個人(そしくは一族)が自らの命を預けられるに足る主君とともに戦場で名を挙げるために戦うということを理想としてきました。しかし、戦国大名の黒田孝高から近世大名の長政への継承に象徴されるように、近世大名は自身の家名の存続を第一に考えるようになり、そのためには家臣を見捨てることも厭いません。現に、第一の重臣であった又兵衛が大坂に入ったことを聞いた長政は、すぐさま公儀に弁明書を書き、又兵衛の親族狩りを行ない、その上、又兵衛暗殺まで計画します。また家臣の方も、主君に忠誠を尽くすのは、本人の武名を上げるためではなく、家名を存続することを目的とするようになります。このように、戦国武将と近世の武士は、性質的に変わっていったのでした。
 その点で、後藤又兵衛と大坂の陣で散っていった人々というのは、近世を拒んで中世の武士として生きたかったといえるでしょう。そして、後藤又兵衛は、その象徴だったのでした。
 なかなか興味深い本で、これで今回は視聴している『真田丸』の後藤又兵衛(哀川翔さんが演じるそうです)を予備知識を持って見ることができそうです。また著者は、牢人問題を取り扱いたいということで、戦国最後で江戸時代最初の牢人問題の噴出である大坂の陣の主役の一人を扱ったそうですが、やはり次は由井正雪になるのではないでしょうか。この由井正雪も講談の主役の一人で、明治時代から庶民に親しまれた人物ですが、近年は忘れられてきています。そして、慶安の変こそ、牢人問題の最後の解決と言えそうな事件なのですから、著者の目的と有名だけどよく知られていないものを取り上げるという新書のスタイルにピッタリとしたテーマではないでしょうか。次回作に期待しております。

評価 ☆☆☆

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2016年1月11日 (月)

鶴間和幸『人間・始皇帝』(岩波新書、2015)

点検読書94


歴史――中国


20世紀になって発掘された『史記』以前の史料を活用することで、『史記』とは異なる、もう一つの始皇帝像に迫る。


四部構成
1:誕生から即位まで。
2:秦王として遭遇した嫪毐の乱と暗殺未遂事件。
3:皇帝としての巡行、長城建設。
4:始皇帝の死と帝国の崩壊。

メモ
始皇帝の名前(18~20頁)
「始皇帝は「昭王四八(前二五九)年正月に邯鄲で生まれたので名を政とし、姓は趙氏」と『史記』秦始皇本紀」にあるが、「正月」に生まれたから「政」というのは誤植で「正」ではないのか。それを証明するかのように、二世皇帝時、「正月」を「端月」と改め、諱の「正」を避けている。

趙高は「宦官」か?(203頁)
皇帝側近のことを「宦者」といい、始皇帝の時代には一般の男子も「宦者」と呼ばれていた。さらに、趙高を「宦官」と断定したのは唐代であり、必ずしも趙高を「宦官」とする理由はない。



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2015年12月31日 (木)

宮本又郎『企業家たちの幕末維新』(メディアファクトリー新書、2012)

点検読書85


経営者――伝記


明治日本の発展の推進力となった起業家たちの生涯に光をあて、彼らがどのような時代的制約やそれぞれが置かれた環境の中で行動し、革新的な企業家として従来の慣行を変えて成功したか。これらを知ることで、企業家への社会的評価の低い日本において、企業家への関心を高めることになる。


総論として江戸時代から明治中期までの経済史と企業家類型の特徴、経済発展の時代としての江戸時代と転換期としての明治、旧商家型の企業家(三井、住友)、ベンチャー企業型(岩崎、安田など)、技術者・職人型企業家(山辺丈夫、菊池恭三)、社会的企業家(波多野鶴吉)、財界リーダー(渋沢栄一、五代友厚)

メモ
江戸時代の18世紀の人口停滞は何が原因か(27~29頁)
東北地方:天明飢饉(1782~87)
北関東地方:浅間山噴火(1783)
→飢えと貧困から人口減少

一方、九州、中四国、東山道、北陸では人口増加

南関東・近畿の人口減少
→都市化
 商家における男性奉公人の増加
 女性の出稼ぎ(出稼ぎ期間中は結婚しない)
 →男女比のアンバランス
  結婚年齢の高齢化
  →少子化
人口減少の原因は経済発展

幕末期の就学率(29頁)
寺子屋が全国に1万1000校。
庶民の就学率は男子43%、女子10%(R・ドーア『江戸時代の教育』)

「政商」の初出(139頁)
「政府自ら干渉して民業の発達を計るに連れて自ずから出来たる人民の一階級あり、我等は仮りに之を名づけて政商といふ」(山路愛山『現代金権史』、1908)


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2015年11月11日 (水)

小川剛生『足利義満』(中公新書、2012)

点検読書38

副題は「公武に君臨した室町将軍」

①伝記

②公家社会と交わることで王朝文化にも精通し、公武の上に君臨した義満であるが、皇位簒奪説や屈辱外交論などは買いかぶり過ぎである。

③公家社会、学識、寵臣、地方領主と将軍、外交、「太上天皇」、女性関係。

2015年10月31日 (土)

三輪公忠『松岡洋右 その人間と外交』(中公新書、1971)

点検読書27

①伝記――日本

②国際連盟脱退、日独伊三国同盟締結と大日本帝国崩壊の原因を作った時期に脚光を浴びた松岡洋右は、従来考えられていたほど、それらに責任があるのか。彼の人生と同時代の精神史から読み解く。

③生い立ち、アメリカ留学、外務官僚、近衛文麿との出会い、満鉄、衆議院議員、国際連盟脱退、満鉄総裁、外相、戦犯そして病死。英米への好意と嫌悪のジレンマに悩んでいた日本人のアイデンティティの危機表現としてのファナティックな天皇崇拝を軸としつつ、日独同盟によって、英米との新たな平和共存を模索し挫折した人物として松岡を描く。

2015年10月 8日 (木)

点検読書3 バーナード・ハットン『スターリン その秘められた生涯』(木村浩訳、講談社学術文庫、1989)

点検読書についてはこちら

①歴史――伝記

②「今世紀の最も偉大な権力者」の生涯を公的な側面やイデオロギーによってではなく、友人関係・女性関係を中心に赤裸々に描く。

③生まれてから死ぬまでを時系列で、著者の人脈を活かしたスターリンの私生活の一端を描く。とりわけ乱倫極める女性関係に旧世界の「権力者」というイメージにぴったりである。

コメント
すこぶる面白い。女と見れば手を出し、気に入らない奴は殺してしまう。小中学生並みの精神年齢の者に絶大な権力をもたせるとどうなるか。その実験の跡とも見える。
もっとも、エピソードが面白すぎる。二番目の妻のいる寝室に、どっちが自分の好みか比べたいからといって、女性を連れ込んで行為をしだす。その妻が言論弾圧について自分を批判して怒りだすと、「これでも飲んで、落ち着け」といって、毒を飲ませる。内縁の妻が不貞をはたらくと、女すべてが敵だとばかりに、政府の十代の職員のほとんどに自分の相手をさせる。どこまでホントかわからない。
しかし、究極の幼稚な悪の典型としてみれば、小説や漫画をかきたい人には必読の本かもしれない。

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