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2017年2月 4日 (土)

野上忠興『安倍晋三 沈黙の仮面』3

前回のつづきです。

 野上氏の安倍本のつづきです。

 あとがきに書かれていることですが、「第2次政権を担って以後、特定秘密保護法、武器輸出3原則解禁、集団的自衛権行使容認、そして安保法など、「まるで戦前回帰の軍国路線まっしぐらと映る」(自民党ベテラン議員)タカ派色だ」と自民党のベテラン議員の発言を引いて批判しています。

 しかし、これらの政策は「戦前回帰の軍国路線」なのでしょうか。戦前の軍国路線というのは、国の予算の半分くらいが軍事費であったり、士官級以上の軍人への処罰の甘さ、非国際協調主義的で単独行動主義、また欧米列強に対する敵意によるアジアモンロー主義的な政策、国際紛争解決のための武力行使への傾斜、国際社会の現状打破勢力に組みしたこと、私有財産を否定する社会主義的言論ばかりではなく政府を批判する自由主義的な言論への弾圧等々に特徴があるでしょう。安倍政権には、これらの特徴があるのでしょうか。
 まず特定秘密保護法というのは、安全保障に関わる情報の漏洩を防ぐための法律であり、基本的には罰則対象は政府の中にいる公務員です。また、なぜこうした法律が必要になったかといえば、外国からもたらされた情報を外部に漏らした場合の罰則規定が日本にはないために、同盟国であるアメリカでさえも日本と情報を共有したがらない、という事情があったからです
 具体的にそれがあらわれたのが、2013年8月31日にオバマ米大統領が表明したシリアへの軍事攻撃に対する日本の支持をめぐる暗闘です。詳しくは山口敬之『総理』第4章を読んでいただくとして、簡単に述べると、安倍首相はシリアへの軍事攻撃への支持を求めるオバマ政権に対して、アサド政権が市民に化学兵器を使った決定的な証拠を出さない限り、日本は支持しないと交渉を持ちかけたのでした。これは、不確かな情報によってブッシュ政権のイラク攻撃を支持してしまった小泉純一郎政権を政権中枢で間近に見てきた安倍首相の反省に基づく対応です。アメリカ側は、当初はそれを拒否します。しかし、安倍首相は山口敬之氏へのメールが傍受されていると想定しつつ、強い拒絶の意思を明らかにしていると、アメリカ側が折れてきて、明確な映像証拠を出した上で、支持を求めてきたというのですが、特定秘密保護法がない日本に恩を着せたという不満を表明されたそうです
 そうなると日本側は、安全保障に関わる情報統制法を整備する必要が出てきます。それが2013年10月25日の閣議決定、同年12月6日参院通過というスピード成立を必要とした理由となったのです。ですから、特定秘密保護法は国際協調主義に基づいたものであり、単独行動主義でもアジアモンロー主義に基づくものでもありません

 集団的自衛権行使容認と安保法制も同様です。そもそも「集団的自衛権」という概念は、第二次大戦末期に成立した国連憲章第51条によって成立した概念です。これだけで「戦前回帰」という批判は無知から出たものと言えるでしょう。
 もっとも、軍事同盟というのは、有史以来存在したものですから、それを集団的自衛権と考えれば、「戦前」にもあったに違いありません。しかし、国連憲章で成立した集団的自衛権は、あくまで大国で構成される安全保障理事会の常任理事国の恣意的な拒否権の運用によって、小国の安全保障が守られない場合に備えたものであって、しかも安全保障理事会による集団安全保障的措置をとるまでの限定的な対処に限られます。単なる軍事同盟を根拠付ける権利ではありません。
 また、戦前の「軍国路線」の失敗というのは、東アジアにおける単独行動主義とドイツ・イタリアなどの現状打破勢力と軍事同盟を結んで、ともに新しい国際秩序を創出しようとしたことでした。今般の集団的自衛権行使容認の憲法解釈は、安全保障理事会の常任理事国の主要な構成国であるアメリカ合衆国との協調を確かにするためのものであるし、また安保法に含まれる駆けつけ警護は集団的自衛権との関係というよりも、国連による集団安全保障体制への寄与を意味するものであって、日本が国際協調主義に一歩踏み出したことによります。これらによって考えれば、一国平和主義という単独行動主義や現状打破を唱える勢力との協調ではなく、現状維持勢力や国際機関へのさらなる関与を拡大するという意味で、反「戦前の軍国路線」であるのは、明らかであるでしょう。また、小川和久氏の著書によると、日本側が日米地位協定の協議をしようとすると、アメリカ側は集団的自衛権行使容認ぐらい決断してから話しに来い、と言って門前払いを食らわせるそうです。この点でも沖縄の現状を変える素地をつくるためにも必要な措置なのかもしれません。
 もっとも、これらによって自衛隊の任務が増加し、場合によっては戦後においては2001年の海上保安庁の巡視艇による不審船への撃沈以外行われたことのない他国軍やゲリラへの攻撃による死傷者の発生はあるかもしれません。人の命を奪わない軍隊としての自衛隊の性格は変わるかもしれませんが、そもそも個別的自衛権の行使としての自国防衛の際には、侵略軍を殺害することは当然となりますので、それが自国への侵略軍か国際社会の無法者かという違いのみで、想定としてはあまり違いがあるとはいえません。生命尊重の理想によって、安倍政権の路線転換を批判するのは、一つの立場かもしれませんが、それを「戦前回帰」と批判するのは、お門違いでしょう
 あと、武器輸出3原則の解禁は、実は野田佳彦民主党政権で例外規定の拡大をしており、安倍政権はそれを推し進めたに過ぎないのでした。また駆けつけ警護に関する法律改正も野田内閣の下で進められていました。これら武器輸出3原則の例外拡大や駆けつけ警護もそうでしたが、尖閣諸島国有化によって日中関係を最悪にしたり、慰安婦問題での協議拒否によって韓国側を怒らせ、李明博大統領による竹島上陸という実績を作るきっかけとなったり、原発再稼働を推進したり、公約にない消費税を増税したりと野田内閣の1年のほうが色々問題が多かったように思いますが、この点についての批判が安倍政権に比べてないことが不思議です
 また著者は、『論語』の「子貢問政」にふれて、孔子は民の信頼>食>兵の優先順位を付けているが安倍首相は逆になっていると批判しています。しかし、これもどうなのか。
 安倍首相の最大目的はたしかに憲法改正なのでしょう。しかし、安倍政権の経済政策によって失業率を減らして、有効求人倍率を急上昇させて、新卒の労働市場を売り手市場にしていることは確かなのです。また失業率の低下によって、自殺の総数が毎年数千人程度減少しているという事実があります。これは、安倍政権が何よりも「食」、つまり民衆を食わせていくことに政権の重要課題としていることのあらわれです。本書において、安倍政権の経済政策について、最後に「色あせたアベノミクス」という消費税増税批判のないアベノミクス批判というお定まりの批判一箇所しかないのが、著者自身の民を食わせることへの軽視を感じます
 また日本で初めて税に関する政策変更を争点として総選挙を実施したというのも「民の信頼」を重視しているあらわれでしょう。そもそも「民の信頼」がなくて、どうして国政選挙で前代未聞の四回の勝利と高支持率を維持できるのか。民の信頼よりも軍事優位であったら、もっと大胆な憲法解釈の変更だってできたはずです。これらの点を著者は、どう考えているのか。正直、不思議でなりません。

 まぁ、このように本書については疑問点が多いのですが、事実関係にふれた証言集としては大変面白い本です。また、拉致問題に関する安倍政権の取り組みと失敗に関しては、著者の言うとおりであると思います。日本が国家意思を示したという点で、小泉政権時の安倍官房副長官の強硬路線というのは歴史的に意味があったかもしれませんが、北朝鮮側の信用を全く失わせる悪手であり、その後の交渉に制約をつくってしまったことは否めません。こうした点は、拉致問題にそもそも関心のない左派リベラルから出ない批判であるし、拉致問題の解決や被害家族に対する同情は示しつつも柔軟路線への批判によって道を閉ざしてしまっている右派保守からも出ない批判でしょう。その点は貴重です
 安倍首相のパーソナリティについて、批判的な読み方も必要ですが、重要文献の一つとなるでしょう。

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