ブログランキング

Amazonサーチ

無料ブログはココログ

« 『岡田啓介回顧録』と第19回総選挙 | トップページ | 橋川文三編著『日本の百年4 明治の栄光』 »

2016年4月28日 (木)

遠藤慶太『六国史』

点検読書181

副題は、「日本書紀に始まる古代の「正史」」。
中公新書(2016年)刊。


日本史――古代史


「六国史」とは、『日本書紀』、『続日本紀』、『日本後紀』、『続日本後紀』、『日本文徳天皇実録』、『日本三代実録』と天地の始まりから平安中期の887年8月までの皇室を中心とした古代国家の「正史」であり、古代史の根本史料である。本書は、この歴史書の成り立ちから内容、そして中世、近世、近代における読み継がれ方を論じる。


五部構成

1:「六国史」の総論(序章)

2:『日本書紀』の構成と内容の検討(第一章)

3:桓武天皇と『続日本紀』『日本後紀』(第二章)

4:平安時代の記録としての『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』(第三章)

5:読み継がれた「正史」(第四章)

コメント
 『日本書紀』に関しては、一般の古代史への関心の高さから、その内容の真贋をめぐるものまで汗牛充棟の研究の歴史があるものの、その後の五つの歴史書への関心は低いです。もっとも、これは一般の歴史ファンの認識であって、プロの歴史家は、違うようです。本書に述べられているように、1953年12月から始まる続日本紀研究会によって、実はもっとも充実した研究があるのは『続日本紀』であるらしいのです。やはり、『日本書紀』を歴史学として研究するには、対象する文献の少なさから、学問よりも素人的コジツケの方が面白い発想ができますし、確実に誰が見ても同じことの言えないものは学問ではありませんので、研究者が取り組むものではないかもしれません。
 そういった意味で、本書の価値というか、醍醐味は、『続日本紀』以降の歴史書の紹介にあるのですが、私自身はどちらかと言うと歴史ファン的視点で古代史を見てしまうので、やはり『日本書紀』に関する記述が面白かった、という情けない感想しか抱けないのです。
 著者の『日本書紀』評なのですが、わりかし尊重する、という立場です。例えば、戦後歴史学において、「常識」とされる「欠史八代」については、「実在が疑問視された八代という意味」と軽く言及されているのみで、他の場所では「紀年」にこだわったがために、天皇の在位年数や年齢が不必要に引き延ばされているとして、存在そのものに関しての否定はしていません(38頁)。また、これも戦後歴史学において否定されてきた神功皇后の存在も、「ためらいながらも、皇室系譜のうえで神功皇后が存在したことまでは、認めてはよいのではないかと考えている」と控えめながらも勇気ある発言をしているのが注目される(46頁)。
 その上、本書において真面目さを感じるのは、『日本書紀』記述と古代朝鮮の歴史書である『三国史記』百済本紀と広開土王碑の記述を対照させて、応神天皇8年(西暦277年)の記述と他の記述を比較して、倭と百済が同盟結んだのは397年であり、120年のズレがあることを指摘します。さらに神功皇后52年(252年)に七枝刀(=七支刀)を献じた百済王(近肖古王)の在位(346~375)と石上神宮の七支刀の銘文「泰□四年」は東晋の太和四年(369年)で、やはり約120年のズレがあることを論証して、この時期のズレはそれぐらいで、推測していくことは可能であることを示唆しています。この120年のズレ自体は、倉西裕子さんという方が提唱しているようですが(本書にはとくに言及がない)、最近の古代史もずいぶんと風通しが良くなったのだな、と思いました。
 あと、『日本書紀』の想定読者は、資料を提供した官人たちであり、彼らの反応を無視した歴史を描くことは難しいだろう、と指摘していることも重要です。神話や遠い過去は、「現在」の政治の反映であるという説が一時期はやりましたが、それは可能だろうか、というもっともな意見が出始めたということです。つまり、当時の編纂者は、かなり真面目に歴史を編纂していたことを尊重すべきではないか、ということです。
 その一方で、やはり『日本書紀』における大友皇子と天武天皇をめぐる壬申の乱、『続日本紀』や『日本後紀』における桓武天皇と早良親王という「現代史」を書く際には、やはりある程度の配慮が必要になり、「事実」とは異なる記述があることも注意しなければならないことも指摘されています。
 本書を通読して思ったことは、やはり前代の「皇国史観」のようなものを躍起になって否定しなければならなかった時代とは異なり、素直に古代史に向き合うことができるようになった世代が出てきたのかな、という印象です。
 でも、まぁ、それにしても本書で指摘されて初めて気づいたのだけど、日本の政府というのは、『日本書紀』はともかくもその他の『六国史』に関しては冷淡で、国を挙げて刊行するという事業をやって来なかったのね。やはり奈良時代の仏教ばやりが、宗教嫌いのこの国においてはあまり再評価したい時代じゃなかったのでしょうか。

評価 ☆☆

よろしければクリックお願いします。


本・書籍 ブログランキングへ

« 『岡田啓介回顧録』と第19回総選挙 | トップページ | 橋川文三編著『日本の百年4 明治の栄光』 »

点検読書」カテゴリの記事

日本史」カテゴリの記事

日本古代史」カテゴリの記事

中公新書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 遠藤慶太『六国史』:

« 『岡田啓介回顧録』と第19回総選挙 | トップページ | 橋川文三編著『日本の百年4 明治の栄光』 »

最近のトラックバック

2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31