ブログランキング

Amazonサーチ

無料ブログはココログ

« 民族とネイション 3 | トップページ | 新自由主義的近現代史解釈 »

2011年9月 5日 (月)

パトリオティズムの訳語の問題

宮村治雄『理学者 兆民』(みすず書房、1988年)所収の「明治パトリオティズム覚書――訳語の歴史をてがかりに」より。

分析の材料は、中江兆民が主宰した仏学塾およびその関係者が刊行した、中江兆民校閲『仏和辞林』(1888年)、中江兆民・野村泰享『仏和字彙』(1893年)、中沢文三郎・野村泰享・阿部漸・森則義著『仏和辞典』(1898年)、野村泰享著『新仏和辞典』(1910年)。

「市民(シトワイアン)」の訳語(206~208頁)

《citoyen》の訳語は、『仏和辞林』『仏和字彙』の訳語では、「士民。自治ノ都府民。国士。尊敬ノ辞(嘗テmonsieurノ語ニ代用シタル)」。「公民。自治ノ都府民。国士。選挙人。尊敬ノ辞」となっており、幕末から明治初期において「町人」ないし「市井ノ人住民」と解する伝統的理解に対して「士」的伝統の文脈でとらえようとしていることと、「市井ノ人住民」という私的な文脈に対して、「自治」の主体、「公民」としての文脈においてとらえようとしていることに特徴がある。

これは、中江兆民『民約訳解』を通して、ルソー『社会契約論』の《citoyen》観が影響を与えている。

「この語〔citoyen〕の真の意味、近代人のあいだでは、ほとんど全く見失われている。近代人の大部分は、都会 ville を都市国家 citè と、また都会の住民 bourgeois を市民 cityen ととりちがえている。彼らは、家屋が都会をつくるが、市民がシテをつくることを知らない」(第1編第6章)

『仏和字彙』の関係箇所では、《citè》「自治ノ都府。府民。都府。府内ノ尤モ旧キ部分。市街」。《ville》「城邑。市府。市街。都府。都人士。府庁」。そして《citoyen》と対置させられた《bourgeois》「都人。中等ノ人。親方(職工頭)。庶人。船主。文人。都府住民ノ総体」と二対の概念が「自治」という言葉の有無を通して区別されている。

では、この概念を統合する《rèpubliaaque》はどうかというと「公事。政治。共和政体。共和国。集合」と、一つの政体、政治制度である以前に、「公事」そのもの「政治」それ自体を端的に意味するもので、「自治」を欠いた「政治」それ自体をありえないことを明らかにしている。

「愛国」の問題(209~212頁)

『仏和字彙』では、《citoyen》の形容詞的用法について、「愛国ノ」という言葉を当てている。

「愛国」という言葉は、少なくとも「古訓」の中には見いだせない新しいものであったと、当時の代表的儒教主義知識人たる西村茂樹は認めていた(『日本道徳論』)。

「愛国」が政府の文書の中で公的に使用されたのは、おそらく明治4年4月のいわゆる「三条教則」およびそれを敷衍した「十一兼題」が最初である。その時、「愛国」は「敬神」という国学的用語と結びつけられ「敬神愛国」という一対のスローガンとして登場した。しかし、この二つの言葉の結びつきの無理は、「三条教則」が急速に行き詰まったことに端的に現れていた。

明治における「愛国」シンボルの流布は、むしろそれと対立する側においてはじめて成立した。すなわち明治7年1月の、民撰議院設立建白と同時に設立された「愛国公党」から「愛国社」へと引きつがれ、『愛国志林』や『愛国雑誌』を機関誌とした国会期成の一大運動においてピークに達する一連の運動である。

彼らが政府の提示する「愛国」シンボルと異なる「愛国」理解をしていたのは、当時の代表的な「愛国論」を集めた『愛国論集』(三宅虎太編、1880年)には、第一に「勤王ハ愛国ト同一質ニ似テ同一ノモノニ非ズ」と「勤王」と「愛国」を区別しているところに表れており、この編者は、「愛国」を《patriotisme》の訳語として捉えている。

また「仮令ヒ王亡ブト雖モ国存ス、国亡ブルトキハ独リ王存スルコト能ハズ」との断言は、一切の行動が特定の人格に対する忠誠によってのみ正当化されえた伝統的理解を超えていく発条としての役割を「愛国」が担いえたことを示唆している。

また「義烈心」と「愛国心」を比較して、前者は「平時ニアラズシテ乱世」に発するもので、「治世ニ無用ノ長物」であり、「一国ノ元気」たる「愛国心」は「乱世」のみではなく「治世」においても発揮するものと解されている。これはヘーゲル『法哲学』の「異常な献身や行為をしようとする気持」と区別された「平常な常態や生活関係において共同体を実体的な基礎および目的と心得ることをならいとする心術」という「愛国心(パトリオティスムス)」に通じるもので、また「郷土愛」などとも区別されていた。

さらに重要なのは、この時の「愛国」が、何らかの所与の実体ではなく、献身を通じてはじめて創りだされるべき関係としてとらえる視点が働いていた。「愛国社再興趣意書」は、「数多ノ小邦国ヲ変壊シテ一大邦国ヲ成立」させるためには「全国人民相互ニ交親シ各々其方向ヲ一ニシ以テ全国一致ノ体裁ヲ成」すことの必要を強調していた。

このように藩閥という空間的障壁を超え、門閥という身分的障壁を超え、水平的方向においても垂直的方向においても自在な「交通」の中で各人が「真成ノ邦国」に向けて再結合しようとするとき、その「真成ノ邦国」に対する献身が徹底的であればあるほど「自由」や「平等」という普遍的価値はこの新しい結合を内側から支える不可欠の根拠として、実感的基盤を持ちえた。「愛国的」であろうとすることが「自由」や「平等」の普遍的価値へのコミットを強め支えるという明治の逆説がそこに成立しえた。兆民が、「愛国ノ国士」の姿を通して《citoyen》をみていたのは、こうした逆説に自覚的であったからであろう。

明治的「愛国」の終焉(213~215頁)

明治後期の『仏和辞典』『新仏和辞典』では顕著な訳語上の変化がある。

《citè》「都会。市(自治の)」。《ville》「都会。都府。市。市街。町棲ひ。町風。市民」。《citoyen》「市民、都人、都人士。公民(選挙権又は被選挙権がある)。敬称」。《bourgeois》「市民。中人士。工場主。親方。平民」。

ここではかつての「自治」という言葉がほぼ消滅し、「都会」や「市民」という両方の文脈を無差別におおうことになっている。幕末以来の、《citoyen》=「町人」「市井ノ人住民」への伝統回帰があらわれている。このように《citoyen》が無害化されたことで、「政治」それ自体を意味するものとされた《rèpubliaaque》が「政体」の一形態としての「共和政体」へと後退させられた。

では、《patoriotisme》はどうなったか。『仏和辞林』や『仏和字彙』では、「愛国心」と並んで「偏愛心」という訳語がそえられていた。これは「愛国心」を至上視する傾向が支配する中で「報国心(パトリオティスム)」を「一国に私する心」と呼び、「報国心と偏頗心とは名を異にして実を同ふするものと云はざるを得ず」(『文明論之概略』)と論じた福澤諭吉の視点への配慮が働いていたといえる。

しかし、こうした語感は『仏和辞典・第三版』(1902年)までは保持されていたものの、『新仏和辞典』(1910年)では「愛国心。報国心」とだけ記されるようになった。そして、《citoyen》の訳語群から「愛国ノ」という語が消えたこととちょうど符合している。

さらに『新仏和辞典』では《nationalisme》という「新語」があらわれ、「愛国主義」という訳語が与えられていた。こうして「愛国」は一方において《citoyen》の文脈から完全に切り離されると同時に、他方において《patriotisme》に保たれていた「偏愛心」的語感をふるい落とした上で成立する《nationalisme》に対してのみ結びつけられた。

感想

中江兆民が考え出した「自治」を通して自覚的につくられる共同体への献身を意味する「愛国心(パトリオティズム)」が、所与の実体としてある国家への献身へと明治期を通して変化していった過程を論じている。この背景には、租税を徴収する主体として対立的であった「天皇の政府」と「民権派」が、日清・日露の戦役を通して、とりわけ日清戦争において多額の賠償金や領土割譲をえたことで、「天皇の政府」の戦勝が国民の利益になりえるという自覚から、その対立が解消され、天皇シンボルを藩閥から奪うことが政党として国民支持を得るのに有利な状況が生まれたことと関連するだろう。「敬神愛国」は失敗したが、「忠君愛国」は戦争を通して成立したのである。

また最後の「ナショナリズム」と「パトリオティズム」の対比は、J・ホイジンガやG・オーウェルらの「パトリオティズム」からの「ナショナリズム」への批判を参照しているが、この二人の場合の「パトリオティズム」は、兆民の自覚的「自治」の論理よりも「郷土愛」のような狭い濃密な関係への献身の意味にどちらかといえば近いような印象がある。これはこれでよいのだが、兆民のシヴィック・ナショナリズム的な要素が中に浮いてしまう印象がある。もっとも、「なんらかの組織と同一視して、それを善悪を超えた次元に置き、その利益を推進すること以外にはいっさいの義務を認めない考え」というオーウェルのナショナリズム批判はあるものの、エスニック・ナショナリズムに近い要素(オーウェル「特定の場所と特定の生活様式にたいする献身的愛情」)で締めに入るのは、それまでにあまり「郷土愛」的要素を「公定ナショナリズム」に対比しているわけではない分、ちょっともったいないような感を受ける。

« 民族とネイション 3 | トップページ | 新自由主義的近現代史解釈 »

明治思想史」カテゴリの記事

ナショナリズム」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: パトリオティズムの訳語の問題:

« 民族とネイション 3 | トップページ | 新自由主義的近現代史解釈 »

最近のトラックバック

2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31